第120回 カンメラのこと
2014.11.04
「ワケのシンノス」を書いたときに、祖母から他にもいろんなことを教わっていたことを思い出しました。新鮮なハモをすり身にして生で美味しく食べる方法や、火鉢で作るさまざまなおかず。羽魚の刺身が残ったものや尾の身クジラを味醂醤油で焼いたり。おはじきやお手玉、綾取り、折り紙といったインドア系の遊びを全て習得できたのは祖母のおかげです。
私は小学校に入る前まで、体が弱くて週のうちに五日は何らかの病気で床に臥せっておりました。
家の中で出来ることといえば、本を読むか、祖母に遊びを教えてもらうかのどちらかです。インドア系の"女の子"の遊びを覚えるしかなかったのです。あっ、そう言えば、小学校に入る頃は花札を覚えて、祖母とやってました。花札といっても絵合わせですが、猪鹿蝶とか、桜月一杯で鉄砲とか、松桐坊主とか、言っていました。役もポイントも全て祖母から教わったのですね。
小学校に入ると、おかげで学校を休まなくてすむくらいに体力が養われてきました。
小学校時代の冬に、祖母が教えてくれたのがカンメラの作り方です。
祖母は、おたまに白砂糖、赤砂糖、黒糖を入れて水に浸したものを火鉢の五徳の上に乗せました。その様子を、私はじっと見ておりました。いったい祖母が何を作り始めたのかよくわかりません。だんだんと水温が上昇して沸騰し始めます。それでも構わず棒でかき回し続けます。いつまでそうやるのかわからずにひたすら見守っていると、ある瞬間に祖母はおたまを火鉢から下ろして用意していた白い粉に棒を浸けると、それで真剣な表情でかき混ぜ始めました。
どのくらいかき回したものか。突然、祖母はぴたっと動きを止め、おたまの中を凝視しました。そのときの仰天は幼な心にはっきりと焼き付いています。おたまの中の黒っぽい液体は焦茶色に変わり、それから奇跡のようにみるみる膨れ上がったのです。
「これがカンメラたい!」
祖母は得意そうにおたまを熱して、"カンメラ"をはずし、私にくれました。口に含むと甘い歯ごたえが。美味しい......。砂糖とも違う。他のお菓子にも似ていない。
ぼくもカンメラを作りたい。
それから祖母に作り方を教わり私のカンメラ作りのスタートです。学校から帰ると火鉢の前でカンメラ作りを繰り返し繰り返し。
祖母に作り方を教えてもらいマスターできたはずなのに、実に難しい。
早すぎると膨れない。膨れたと思い喜んだ瞬間に陥没してしまう。遅れると真っ黒に焦げてしまいます。温度に関係しているのはわかるけれど、それだけでは条件の全てとは言えない。祖母が最後にカンメラを膨らませるために使う粉は重層だとわかったのですが、その量が少ないと膨れないし多すぎると苦い。
カンメラ作りを成功させるというのは、さまざまな条件をクリアして初めて成し遂げられる神業だと知ったのでした。つまり、祖母こそが"神っ!"だったわけです。
祖母と街に出かけたとき、祖母は金物屋に寄り、何やら買ってきました。銅の杓子のようなもの。まさか。
「これはカンメラ焼き器。正式のものだから、これで作りなさい」
それから、材料も変わりました。キザラを使ったり、水の量を加減したり。祖母にコツを尋ねました「どうやればうまくカンメラが焼けるの?コツがあるの?」
すると祖母の答えは「うまく作れると信じることだろうね。そんな気持ちが伝わったら、うまく作れる」
何に伝わるのだろう?カンメラの神様に?不思議なことに、それから私はカンメラがうまく作れるようになったような気がします。本物のカンメラ焼き器を買ってもらえたからでしょうか?
大人になってカンメラのことは忘れてしまいました。実はカルメ焼きというのが正式で、ポルトガル語のカラメルから来たのだということも知ったのですが、カンメラ焼き器は行方不明になり、祖母もいなくなってしまったのです。
なぜか数年前から、このカンメラ焼きのことが突然思い出されるようになりました。が、金物屋を覗いてみても見つかりません。古道具屋を尋ねてみると「ああ、昔はありましたなあ」と懐かしいという返事ばかり。
昭和の時代の霧の向うのことの出来事のようでした。
ところが先日、雲仙の普賢岳登山の帰りに島原の古民家カフェに寄ったときのこと。
このカフェは金物屋でもあるのです。それも郷愁の香り漂う品々が揃う。店の片隅にあったのです。カンメラ焼き器が。
慌てて買い求めました。懐かしいなあ。
そして孫の目の前で数十年ぶりにカンメラを焼いてみせました。キザラ糖と重層を使って。
昔とった杵柄といいますか、カンメラは奇跡的にうまく焼けました。祖母の面影がよぎったほどです。
孫は、カンメラ焼きにかなり感銘を受けたようで、私に"神を見た!"ようなのです。歴史は繰り返すのですね!
あれから、時々、我が家に来て、カンメラ焼き器をアウトドア用バーナーに乗せ挑戦していますが、なかなかうまくできない。
実は私も孫がいないとき、カンメラ作りを幾度かやってみましたが、どうしたものか、うまく出来ないのです。おかしいなあ。腕が鈍ったかな?
さて、夏休みの終わりにカンメラ作りに挑戦していた孫に尋ねられました。「どうやったらうまくできるの?」もちろん私はそんなこと内緒で、こう答えました。「うまく作れると信じることだよ。その気持ちが伝わったらうまく作れる」とね。