カジシンエッセイ

第147回 節分道指南

2017.02.01

「ただいま~」
ドアが開きハク夫が入ってくる。
「お帰んなさい。パパ、買ってきてくれた?」
迎えに出た妻のタケ子が言った。
「ああ、節分用の豆と鬼の面だよ」
「早く豆撒きやろうよ」と息子のシロ夫がはしゃぐ。するとハク夫の後ろに見知らぬ老人がいた。痩せて白い髭が生えている。
「あら。あなたお客さんを連れてきたの?」
老人は履物を脱ぎ、づかづかと上がりこむ。
「こほん。失礼する。私は節分道指南をやっておるもの。こちらの主人を商店街でお見かけしてのう。どうも節分の用意をしておられるご様子。これは捨て置けぬと、無理を言ってご一緒させて頂きました。私がぜひ正しい節分豆まき作法を伝授いたします。節分道の真髄を指南させてくだされ」
タケ子が呆れてハク夫を見ると「お断りしたが無理についてこられた」と肩をすくめた。
「じゃあ、急いで豆撒きしてお引き取り頂きましょう」とタケ子。
「もちろんですとも。正しい豆撒きを伝授したら、すぐに引きあげます。まだたくさんのご家庭が私の指導を待っておられるから」と、老人。コートを脱ぐと中からカミシモ姿が現れた。
「これが正装でしてな。いや、皆さまにここまでは要求しません。さて、豆を枡に入れなされ。なぜ豆を撒くか解るかの?魔を滅する!これが縮んで豆になったのじゃ」
老人が枡を出す。息子のシロ夫が、買ってきた殻入りピーナッツを出すと、老人は大きく目を剥いた。
「豆撒きに落花生とな。これは地下に出る実じゃ。豆じゃない」
「しかし、これしかないのです。撒いても剥いて食べられるから汚くないし」
情けないという様子で老人は首を振る。
「仕方ない。さあ、撒きましょうぞ」
ハク夫が鬼の面をかぶろうとすると、「何をなさる」と老人。
「はい。鬼の役ですから、面をかぶり逃げ回ります」
「邪気を払うが豆撒きの真髄。一家の家長が邪気を演じれば、鬼は喜ぶばかり。ご主人が豆を撒きなされ。鬼役は、お子や奥さんがなさればよろし。さあ、皆、鬼の面をかぶって」
仕方なくタケ子とシロ夫は鬼の面をつける。
老人は玄関の扉を大きく開け放つ。寒気が室内に流れ込む。寒いよぉ、とシロオが震えあがった。
「何をするんです」
「節分は立春の前日です。立春とは二十四節で一番寒い頃。これから寒さが反転して日々暖かくなっていくのです。邪気すなわち鬼がそこを狙って入ってくる。寒いのは、当然。邪気を追い出すのは玄関からと決まっておる。ましてや子どもは風の子です。心配はいらん。そして家の中に福を呼び寄せねばならん」
そう言って奥の部屋まで扉を開け放つと、寒風が玄関から吹き抜けていく。
「さあ、ご主人。豆を撒かれよ。掛け声は腹の底から、邪気を退散させる気持ちを込めて。あいや、鬼は外~と」
「鬼は外~」
「だめ、だめ、声に精気がありませんぞ。それじゃ、邪気を呼び寄せとる。そして、豆を放つ腕の位置。それでは邪気がヘラヘラ笑いをするでしょうぞ。言力を込めて唱え、豆を集中して放つ。それでこそ邪気にダメージを与える。この家にはおられない!そう邪気に思わせる気迫で。腕は水平に突き出すように。よろしいですか」
「は、はい」
「福を呼び込むときは愛しさを込めて。福の神は恥ずかしがり屋です。身をくねらせ、迷いつつ入ってくる。笑顔で優しく迎えるのです。その役は奥さんがよろしいかと」
「いえ、家内はそんな繊細なものではないので、鬼のほうが適役かと」
「あなた!!!何言っとるんじゃい」
「ほら、ほら、ほら」
「むう。では奥さんもお子さんも鬼の役で。福な役は、なしと」
「いそいでやりましょう」
「続けなされ」
「鬼は外~、鬼は外~」
「寒いよー、パパ、痛いよ」
「もう、いい加減にして。いつまでこんな訳のわからん爺ぃの言うことを聞いてるの?シロ夫が風邪をひいたらどうするの」
ついに怒り心頭に達したタケ子が老人の首根っこを掴んで外へ放り出す。
息子のシロ夫が老人に豆を投げつけて「鬼!」
タケ子も枡を投げつけて「鬼!」
老人は感極まったように「そう。その迫力ですぞ。極意をご家族掴まれましたぁ!」
ハク夫はオロオロするばかり。

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