第15回「球磨の朝霧」
2006.06.08
複数の町村が合併して、あさぎり町という町が誕生したのが平成十五年。その町名は公募によって選ばれたということだ。
何故、「くまがわ町」でもなく、「あさぎり町」という町名になったのか、ぴんと来なかった。
先日、人吉市出身という方と話をする機会があった。
球磨焼酎「待宵」を飲みながら訊ねる。
複数の町村が合併して、あさぎり町という町が誕生したのが平成十五年。その町名は公募によって選ばれたということだ。
何故、「くまがわ町」でもなく、「あさぎり町」という町名になったのか、ぴんと来なかった。
先日、人吉市出身という方と話をする機会があった。
球磨焼酎「待宵」を飲みながら訊ねる。
「人吉に住んでいて、ココがヨソとちがう!ってもの、何かありませんか?」
「そうですねぇ。あさぎりですかねぇ」
「あさぎりですか?あさぎり町は人吉市の隣になるんでしょ?」
「いや、町の名ではなくって、冬はホントにあさぎりですよ」
そう断言された。
あさぎりは「朝霧」のようである。
「学校に通っている頃は、町中を歩いていくんですけれど、朝、家を出ると、もう世の中全部が、真っ白。それが、朝霧のせいなんですよ。天気予報が晴れになっていようが関係なく、学校まで、それがずーっと続くんですよ。で、歩いていると髪の毛が、どんどん湿ってきて、ぽたぽた滴が落ちるくらいくらいになるんです」
何故だろう。人吉温泉のせいかなと、素人考えで、そんな発想が浮かぶ。
「じゃ、あさぎり町って町名は、人吉盆地全体でそんなに朝霧が多いから、採用されたってことなんですかね?人吉市だけじゃなく」
「だと思いますよ」
それで、調べてみると、人吉盆地は内陸型気候で、昼夜の寒暖の差が激しいそうだ。だから盆地全体が、すっぽりと霧に覆われてしまうということ。晩秋を中心に、なんと年に百日も朝霧が発生するらしい。
そういえば、市房山に登るために、早朝に九州自動車道から、人吉インターへ降りたとき、あまりの霧の濃さに驚いたことを思いだした。
あまり、霧の中の運転に経験がないので、びびっちまったよなぁ。ライトは点けてみるし、ゆるゆると走らないと不安だし。
あまりの非日常感に、スティーブン・キングの中編「霧」を思いだしてしまった。
突如、発生した霧に町が覆われてしまうのだが、この正体不明の霧の内部は、異次元と通じているようなのだ。そして虫とも獣ともつかない異次元からの怪物が人々を襲い始める。
小説で読んだとき、けっこう怖かった記憶はあったが、すっかり、そのストーリーの細部については忘れていた。高速でも、霧だなぁと感じていたのだが、一般道に入ったら、これが濃い。霧の中から巨大なハエに似た生物が襲ってこないか・・・とか、ヌルヌル軟体状の細長い化け物がクルマに巻きついてこないかとか、「霧」の怪物たちが、次々と脳裏で甦ってくるのだ。
それも国道を離れたあたりで。こら、そんなの妄想だぞと自分に言い聞かせるが、持ち前の想像力は膨らむばかり。
その霧が、ある時点を境に、みりみる消え去ってしまったことを思い出す。
それで、そのときは、すぐに霧のことなぞ忘れ去ってしまっていたのだ。人吉球磨特有の気象現象だなぞとは考えもせずに。
あの日の霧は、人吉球磨地方の年百日の一日に過ぎなかったのだ。
朝霧の多い地形では、いいお茶が採れるらしい。それから、朝霧の貯まりやすい場所は大好きなキノコも発生しやすい。
ま、それは置いといて。
その日登った市房山は、素晴らしい好天に恵まれたのです。こんな日本晴れアリかよってくらいに。
そのことを思いだして、なんとなく、「あさぎり町」の町名の由来が、わかった気分です。あさぎりが出た後は、きっと快晴に恵まれる。
そんな町って意味?
という連想ですが、当たっていますか?