カジシンエッセイ

第158回 Show guts!

2018.01.04

 そのことを聞いたのは大晦日の朝のことだ。同じ集落のケンジに呼ばれて島の神社に行くとタカヒロとユウタが待っていた。これで小学校の同級生は全員揃ったことになる。
「ゴロウ。急だけどさ、今夜"正月"を捕まえに行くぞ」すると後の二人も頷いた。
「正月って、明日になれば正月だろう?捕まえるってどういう意味だよ」
 ケンジが言う。「なんにも知らないんだな。"正月"ってのは初日の出の前にやってくるものなんだ。正月神とか歳徳神とか言うんだが、そいつが来ないと正月にならないんだよ。去年兄ちゃんから教わったのさ」
「父さん、そんなこと言ってないぞ」
「ああ、大人は誰も何も言わない。兄ちゃんが言っていた。大人になると忘れてしまうんだってさ。昨日、兄ちゃんに尋ねたら、兄ちゃんはもう、言ったこと忘れてた。兄ちゃんは徳山さんところの大七さんから聞いたって言ってた」
「"正月"って捕まえられるのかい?」
「ああ、相性が合えば捕まえられるってさ」
「捕まえたらどうすんだよ」
「食うんだってさ。すると肝の座った本物の漢(おとこ)になれるんだってさあ」
「で、ケンジの兄ちゃんは捕まえたのか?」
 ケンジは口ごもり、その後答えた。
「捕まえそこねたのかな。だから話さないのかもしれない。兄ちゃんは恥ずかしいのかも。逃しちゃって」
「初めて聞くよ。そんな話」
「小さい子には無理だって。ぼくらくらいの年齢でないと。危ない場所だし、もっと大人になれば忘れてしまうから」そうケンジは説明した。
「ユウタ、ゴロウ、どうする?」
「どこへ行けば"正月"を捕まえられるんだよ?」
「東の岬の右の方だってさ」
「東の岬の先端は奥の院だから、集落のみんなはあそこに初日の出を拝みに来るぞ。えらい人出だ」
「あそこじゃない。真東の石棚になってる場所。そこが"正月"が来るとこだって」
 その石棚にたどり着くには獣道を辿らなくてはならないし、急坂になっていて危険だ。だから、普通、人は近づかない。なるほど、とゴロウは思った。昼でも行くのに勇気がいる。
「どうする。"正月"を捕まえに行くか?」
「みんなで捕まえるんだよね。行くよ」「根性見せるよ」「何時に"正月"は現れるんだ?」「日の出前だよ」「じゃあ、朝6時前には石棚で待機だな」「どうやって捕まえる?"正月"の大きさはどれくらいだ?」「知らないよ」「大きめの網を持っていけばいいよ。大は小を兼ねるって」
 4人は初日の出を拝みに行くと言って、東の岬近くのバス停に集合した。バス道路から細い道を下る。下見をしていたケンジが先頭を歩いた。ゴロウは首に魚釣り用の竹籠を吊るしていた。それに"正月"を入れるつもりだ。
 岬の方から大人たちの話し声が聞こえる。子どもたちは気配を消して下っていく。「着いた」
 岩棚だった。3畳ほどの広さだった。下から潮騒が響く。海の果ては暗かった。夜明けは遠い。4人は腰を下ろし、ぼんやりと待つ。
「ほんとうにここでいいんだな!」「兄ちゃんはここだと言ってた。間違いない」「"正月"ってどんな姿してんだよ」「わかんないよ。見りゃ、これが"正月"だ!ってすぐにわかるってさ」「日本中が正月になるのに、どうしてここだけに見える"正月"が現れるんだ?」「知らないよ」
 それからしばらく待つが"正月"の気配もない。
「ほんとうに"正月"っているのか?いないからケンジの兄ちゃん言わなくなったんじゃ?」
「いるよ。絶対にいるって。だから弟のタクミにも来年"正月"を見つけに来ればいいと教えたんだ」
 岬の方では大人たちは酒盛りを始めたようだ。歌声も聞こえた。「やっぱりケンジは騙されたんじゃ?」とユウタが言いかけたとき、ゴロウは崖下から何かが登ってくる気配を感じた。
「来た!」
 岩棚の周りの草が揺れ、黒い塊が飛び出した。ゴロウは両手でそれを捕まえた。しかし、ふわふわとしたものがゴロウの手から飛び出す。ゴロウにはわかった。「こいつが"正月"だ」タカヒロが大きな網をそいつにかぶせた。
「捕まえた!」「"正月"だ!"正月"を捕まえた!」網から飛び出そうと"正月"は暴れていた。残りの3人も加わってみんなで網を押さえた。ふわっとして、膨張したり縮んだり。「鳴いたぞ」「聞こえない」「"正月"か?」「間違いない。"正月"だ!」「ぼくもそう思う」「どうする?」「食うんだよ!漢になれるから」「生で?」「当たり前だ」
 そうは言ったものの、4人は網を押さえたままじっとしているだけだ。海の果てが赤く染まっていた。しかし太陽は昇らない。明るくなれば"正月"がどんな姿かわかる。それから食べればいいのに!とゴロウは思った。しかし、太陽が姿は見せない。
 岬の上では大人たちが騒ぎ始めていた。「どうした。初日が昇らないぞ」「正月にならないじゃないか!」
 子どもたちは顔を見合わせていた。何がどうなってる。
 ズン!と音がして、岩棚に誰か転がり落ちてきた。「ジイちゃん!」ケンジの祖父だった。4人の様子を見てジイちゃんは「やはりそうか」と。「"正月"を捕まえとりゃあ、初日は昇らんよなあ。ふと子供の頃を思い出して、そういうことかもと見に来たんじゃ。"正月"を離してやれ。もうお前たちは十分に漢だから。ええだろう。世界中を、正月にしてやらんと」
 網から手を離すと、動いていたものは甲高い声を出して消えてしまった。
「さあ、岬に上がれ。いっしょに初日の出を見ようかね」そう言って子どもたちの頭を撫でる。
 ケンジのジイちゃんは「なつかしいのう。子どもの頃のことを思い出せた」と岬へ上っていった。ゴロウたちが振り向くと、まさに初日が登ろうとしていた。
「"正月"を放してやったからだ。ぼくたち"正月"を捕まえたよな」
「ああ、捕まえた。逃してやったから、世の中に"正月"が戻ったんだ」
 一度昇り始めた初日の速度は遅れを取り戻そうかという勢いだった。しばらく4人は立ちつくし、初日に目が釘付けになっていた。思い出したようにケンジが言う。
「お前たち"正月"を食ったのか?ぼくは一口だけ食ったぞ。網の中にいたときにな。だからぼくは漢だぞ。うまかった。お前たちも一口ずつ食えばよかったのに。肝(ガッツ)が座ったのに」
 私にはそれが本当のことだというのはわかっていた。しばらくケンジの口から初日と同じ光が漏れていたからだ。しかし光はすぐに消えてしまい、いつの間にか気配もなくなってしまった。しかしあれが本物の"正月"だったのだ。
 あれから4十年経った正月に4人は島に帰り酒を飲んだ。"正月"を捕まえたことを覚えているのは私だけのようだった。いや、私もずっと忘れていたのをさっき急に思い出した。なぜ思い出せたのだろう?ひょっとして"正月"を捕まえることのできる子どもの心に、思考が逆戻りしつつある、ということなのか?そう考えた一瞬後、その思いは彼方へ飛んでいってしまっていた。

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