カジシンエッセイ

第159回 バレンタインの獣!

2018.02.01

 もうすぐバレンタインデーだな。女が好きな男を振り向かせるためにチョコレートを贈るんだっけ。なぜチョコレートを贈るのか知ってるかって?知ってるよ。
 なぜかって?そんなに知りたいの?話してやらないこともない。そうか。じゃあ話してやろう。うん。昔はバレンタインデーなんかなくて、もちろんチョコレートを贈る習慣もなかったさ。
 あるところに一人の少女がいた。きれいな少女というわけではなく、男とつきあってるわけでもなかった。好きな男はいた。でも、告白してもどうせ自分なぞ相手にしてもらえないと思い込んでいた。だから、好きな男の前でも知らんぷり。男はけっこうモテている様子だから、自分には縁のない人だな、と。でも、一度くらいはデートしてもらえたら、と思っていた程度のこと。
 ある夕方、少女が家に帰っている途中、空から何かが落ちてくる光が見えた。その光はくるくる回りながら、少女の目の前の地面に激突。慌てて駆け寄ると地面には穴が空いていて、そこで鳥にも獣にも虫にも見える奇妙な黒く小さな生き物が動いていた。そして、かすかな声で助けを求めるように鳴いていた。このまま放っておけば死んでしまう。そう思った少女はそっと両掌で包むようにして家に運び、丁寧に介抱してやった。水を飲ませ、餌も与えた。なにを食べさせればいいかわからなかったから、自分が食べるのと同じものを与えた。それでもガタガタ震えていたので、寝るときは少女のベッドで一緒に休ませてやった。やがて元気になり、だんだん成長すると、黒い羽を持つ角の生えた人型の獣になった。そして、獣は人の言葉を覚え話し始めたのだった。
「いつも親切にしてくれてありがとう」と獣に言われて、少女は腰を抜かすほど驚いた。
「あなたは誰?獣なのに話せるの?」
「ええ。聞いて言葉を覚えました。私は空のずっと上、ヴァン・アレン帯に住んでいる生き物なのですが墜落してしまいました。助かったのはあなたのおかげです。もう大丈夫です。あなたに恩返しをしたいのですが、なにか望みはありませんか?」「わたしには別に望みなんてないわ」「でも好きな男がいるでしょう!私はあなたの心の中までわかるんです」
 ずばり獣に心の中を見透かされてしまい、どぎまぎ。すると獣は、「その男にこれをプレゼントしなさい」
 獣は大きく口を開き、喉の奥まで手を入れて、そこから小さな黒い粒を一粒づつ取り出す。そして一粒取り出すたびに、獣はうえええぇ、と漏らすのだ。八個ほどの黒く小さな塊を箱に並べると、なんとなくお洒落そうにも見えてくる。「チョコレートみたい!」と少女が言うと、獣は「そう。魔法のチョコですよ。好きな人に必ずあなたの目の前で食べてもらうこと」「汚くないの?」「きれいなものです」「でも渡せるかしら。渡せても目の前で食べてなんて言えないわ」「ほんとうに彼のことが好きでたまらないのなら、一度だけのことです。無理にでもお願いしなさい」
 そして少女は男に、獣に言われたとおり勇気を出してチョコを差し出した。「ぜひ今、ここで食べてみてください」
 不思議そうに男が一粒食べてみた。少女が男の様子を見ていると、みるみる男の目が潤んできて少女を見つめ始めた。それから「ああ、大好きだ。我慢できない!」と少女を抱きしめた。
 それから......めくるめく愛の時間が流れ、男は少女の恋人になった。次の粒を食べさせると、男の愛はより深くなり......。
「ほんとに効果があったわ。あなた凄い」と少女は獣に礼を言う。
「天にいたときはキューピットという愛の天使だったんですよ。エヘン」と獣は胸を張る。
 さて、その様子を見ていた隣の美女。美女なのに意中の男には振り向いてもらえない。なぜなら性格が悪いから。しかし、自分ではそのことに気づいていない。美女は隣の少女に頼んだ。「ねえ、あなたのバレンタインの獣(既にここで間違っている)を貸してよ。チョコを作らせるからさ」少女は、こんな性格の悪い美女に獣を貸したら獣がかわいそうと断った。
 しかし、美女は少女の部屋に忍びこんで獣の首根っこをひっつかみ誘拐してきた。そして獣を小突いて「さあ、男をメロメロにするチョコを作れ。作れるんだろ。作らないと酷い目に遭わせるわよ。わかったか、バレンタイン!」
 これ以上酷い目に遭いたくなかった獣は、「わかりました。ちょっと待ってください」獣は大股開きになり肛門の中に手を入れると、奥からけっこうなサイズの黒い粒を一個づつ取り出す。そして取り出すたびに獣は、うううう・ん、と呻くのだ。八粒の黒い塊はけっこう硬い。箱に並べるとなんとなくお洒落そうに見えてくる。「ほんと、チョコレートみたい!」と美女が言うと獣は、「これで勘弁してくださいよ」
 さて、美女は意中の男性のところへこのチョコを持っていって言ったのだという。「これ、バレンタインのチョコよ。食べてみてね」それが二月十四日のことだったそうな。
 それ以来、バレンタインデーには女から男へチョコレートが贈られるようになったそうだ。天から墜ちた天使は"悪魔"だということを知らないまま。はたして美女が贈ったチョコに効果があったかどうかは......。

 知ったことかね。

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