カジシンエッセイ

第160回 貧乏神警報

2018.03.01

 どうも先週あたりから調子がおかしい。運転していてマイカーを壁にぶつけてしまう。自損だから保険が効かない。知り合いの不幸やら結婚式が続き、財布からお金が羽が生えたように飛んでいく。友人の保証人になっていたら友人は失踪、借金取りが押し寄せてきた。借金取りから逃げて、あるビルに隠れようとすると、老人から声をかけられた。
「どうなさいましたか?」
 どうか匿ってくださいと訳を話す。ついでに、これまで自分の身に起ってきた不幸な出来事の数々も。
 それを頷きながら聞いていた老人は、じっと私の顔を覗き込んだ。
「こりゃあ、おかしい。どうか部屋にお入りなされ」
 言われるままに老人の後をついていく。そこは研究所のような部屋だった。老人は白衣を身に着けており私に椅子をすすめた。
 老人は医者?それとも科学者?
「少し検査を致します。あなたの顔を見て非常に可能性が高いと思えましたので」
「何の検査ですか?」
「あなたが、借金取りに追われたり、やることなすこと金欠につながる理由を調べる検査ですよ。苦しんでいませんか?」
「苦しんでますよ。なぜ私だけが、と思います。真面目に生きている私はこんなに不幸なのに、知り合いのロクデナシたちはまともに働きもせず、人を苦しめて金持ちになったりしています。不公平な気持ちでいっぱいです」
「そうですか!では、顔を上に向けて」
 言われた通りに顔を天井に向けると、素早く老人は鼻の穴に細い棒を突っ込んできた。
「ふあーっ。ふあーっ」と驚き叫ぶと老人は、
「すぐに済む。我慢じゃ」
 老人は細い棒を鼻から抜くと台の上へ運び、試薬らしいものに浸したり、顕微鏡で観察したり。
「わかりました。間違いなかった。あなたは貧乏神に憑かれておりましたぞ」
「貧乏神に?」
「さよう。貧乏神に憑かれていたから、借金取りに追われたり、自損事故を起こしたりが続いていたのです」
「それが今の検査でわかったのですか?」
「そのとおり。貧乏神は何パターンもあるのですが、そのうちの一種ですな。貧乏神はウィルスでして、人のミームという思考の遺伝子に影響を与えるのですよ」
「そういうあなたは?」
「わしは人生の半分を貧乏神研究に捧げてきた。そして、ここは貧乏神研究所なのですよ。この世にはどんなに頑張っても貧乏から抜け出せない人々が山ほどいる。そんな人々を救い、何とか幸せになってもらう方法はないかと考え、この研究にいそしんできたのですよ。あなたがここに逃げ込んだのも何かの縁じゃったなあ」
 それを聞いて目から鱗が落ちたような気分だった。貧乏神ウィルスに侵されていたとは。
「そうだったのですね。最近急に金運がなくなり、変だ、おかしい、と思っておりました」
「そうですなあ。実はあなたの貧乏神はA型で感染力が強い」
「えっ?貧乏神は感染するのですか?」
「もちろん。ここ最近、株価は下落するわ、仮想通貨も問題になるわ、何かおかしいと思いませんでしたかな?」なるほど。そう言われてみれば。
「貧乏神が大流行の兆しを見せているのですよ。しかも、流行っている貧乏神はA型だけではない。B型、C型も確認されている。A型を脱してもB型貧乏神、C型貧乏神が襲ってきますぞ。今や貧乏神警報を出すレベルだ」
 なんと恐ろしいことを言い出すのだろう。
「貧乏神の感染爆発、これを世の中では不況と呼ぶのです。そして感染の規模が大きければ大恐慌になる」
「どうすれば貧乏神は退散してくれますかねえ。それよりもあなたは、感染しないのですか?」
「わしは大丈夫。あなたには特効薬をあげよう。そして他の型の貧乏神が感染らないように、ワクチンも射とう」
「じゃあ、あなたも」
「ああ、ワクチンを射てば感染しなくなる。なぜなら貧乏神はわしの体内で福の神に変わるからだ。だから、このビルも拾った宝くじが一等に当たり建てたほどだ。これも福の神のご利益」
「じゃあ、私もその特効薬をいただけて、ワクチンも射ってもらえるんですね。お高いんでしょうか?」
「いいや。支払いは幸運が舞い込んできて大金持ちになったときで結構だ。さあ、すぐに特効薬とワクチンを試すかね?」
「お願いします」と言いかけて、ちょっと考えた。これはなによりもいい機会じゃないか?
「悪いことばかりしてるのに大金持ちの奴がいっぱいいます。そいつらに貧乏神を感染してきますから、その後でワクチンと特効薬をお願いします」

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