第168回 黄泉がえりagain番外編
2018.11.02
夫である小田正史の遺骨を熊本市内に妻の栞理が運びこんだときに、すぐに望んでいた奇跡が起こった。助手席に生前とまったく変わらない正史が黄泉がえって座っていた。正史は小田家代々の墓がある球磨郡湯前町に葬られていた。実は、正史は死刑囚だった。生前、勤務していた熊本市で正史の勤務先の社長と上司、それに同僚を殺害した罪で逮捕され、死刑の判決を受けた。正史は一貫して無罪を主張したが、証拠は正史に不利なものばかりが残されていた。そして刑は執行された。
唯一、正史の無実を信じていたのが妻の栞理だけだった。正史は嘘をつく人ではないと栞理は知っていた。だから無実を訴え続けたのだが。栞理の悲嘆に暮れる日々が続いた。
そして、今年の夏頃から熊本市で黄泉がえり現象が頻発している。亡くなった者の形見と亡くなった者を強く愛する人がいれば、死者が還ってくるということだ。栞理はすぐに愛する夫を黄泉がえらせることを考えた。死刑を受けた者は、二度、刑を執行されることはないと聞いたし。
そして栞理の思惑どおりに正史は黄泉がえった。正史の生前の最後の記憶は絞首刑を受けるものだった。そして栞理に事情を聞くと、正史は栞理に驚くべき宣言をしたのだった。
「真犯人を探す。私を無実の罪に追いやった奴を」
正史は、真犯人が誰か知らないのだ。他に別の犯人がいるとは、ずっと正史が言い続けてきたきたことだ。殺人現場で落ちていたナイフを拾ったばっかりに、犯人にされてしまった。
「真実がわからなければ、誰の協力も得られなければ、私は自分ひとりだけでも犯人を探し出す」
栞理にとっては正史が生き還るだけで十分だった。このまま自分と静かに暮らしてくれるだけでいいのに。しかし、犯人にされた正史は気がすまないのだろう。
死刑になった男が黄泉がえり、新犯人探しをする!
誰がこんな状況を予測しただろう?栞理は正史に協力するしかなかった。
「事件の現場に連れて行って欲しい。また、新しい視点で経過を推理できるかもしれない」
そう頼まれて栞理は断りきれなかった。熊本市花畑町にあったマルカケ商事に向かって車を走らせた。マルカケ商事は、今もあった。正史は会社に入って受付で言う。「私は、もともとこちらに勤めていた小田正史です。無実の罪で死刑になりましたが、黄泉がえり、真犯人を探しています。社内をもう一度私に検証させてください」受付嬢は悲鳴をあげて、奥へ走っていった。昔の同僚も正史の顔を見て驚いていた。
奥へ行くと、社内はみな悲鳴をあげる。今の社長は死んだ社長の奥さんだった。「というわけで、真犯人は別にいるのです」と正史が言うと「話はわかりました」と社長は言った。「実は、うちの夫も先週黄泉がえったの。あなた!小田さんよ」
顔を出したのは死んだはずの社長だった。驚いた正史は歓びを隠せなかった。
「社長が亡くなられた後、犯人にされて死刑になりました。社長の口から、私が犯人じゃない、と言ってください。そして真犯人が誰か教えてください」と正史は頼む。
社長は困ったような表情で答えた。「実は私は背後から刺し殺されたから、犯人の顔を見ていないのだよ」
なんという話だろう。これでは正史の無実を証明することは出来ない。しかし、被害者はあと二人。その二人は真実を知っているのではないか?そう正史が思ったときだった。「あっ!南山さん。あなたも生き返っていたのですか?」南山は正史の上司だ。やはり、ナイフで刺殺されていた。
「おお。小田くんか。私は死んでいたのだね」「そうです。私は社長と南山課長そして北川くんを殺した疑いをかけられて死刑になったんです」
「なんと悲惨な結末だったのだ。私は娘が黄泉がえらせてくれたらしい。私は社長をお護りしようとしたが間に合わなかった」
そこで笑い声がして振り向くと正史の同僚の北川がいた。彼も血みどろで死んでいたのだ。やはり黄泉がえっていたようだ。
「ああ、北川くん。君たちを殺した真犯人を教えてくれ。私が犯人にされて死刑になってしまったのだ」
だが、北川は恨みがましい目で正史を睨みつけた。
「南山課長は俺が会社の金を使い込んだと社長にちくったんだ。それで、南山課長から社長命令だとクビを言い渡された。だから社長室に飛び込んで、ナイフで社長を刺したんだ。そしたら南山課長が社長室に飛び込んできて揉み合いになった。南山課長を何度も刺したんだが、課長は俺のナイフを奪い取り......俺は刺されてしまった。その後は、どうなったかなんて知らないさ」そして北川は、隠し持っていた包丁で襲いかかってきた。
「くらえ。みんな、黄泉がえりやがって!」
正史は課長や社長と三人がかりで北川を取り押さえた。「警察に連絡しよう」
この後、司法がどのような判断を下すかは誰にもわからない。すると、立ちすくんでいた栞理が呆れて呟いた。「やっぱり正史さんは無実だったのね。でも北川を黄泉がえらせた人は誰なのかしら。それが、一番の謎だわ」 (了)
作者より......あまりにも酷い話で、これを本編から外したのも、なるほど、と納得されたことと思います。いや、こんな風に話を作る人間の頭の中は妄想が渦巻いているのですよ。すみません!!