第177回 年金を掴みとれ!
2019.08.01
田中源助とその妻トメは手続きのために夫婦揃って、老体に鞭打って会場へやってきた。
この日をどれだけ待ったことか。
若い頃は夫婦して一所懸命頑張った。仕事に打ち込み定年を迎えたら年金でささやかに暮らし、若い頃にはやれなかった趣味三昧で生きていこうかと。子供の成長で学費もかかり生活を切り詰めたが、老後のことを考えて年金だけは払い続けてきた。
「こんなに年金って天引きされるんだ」
給与明細を見て溜息をついたことも、はっきり覚えている。
「昔は60歳から年金貰えたらしいよ」
そんな事実を知る。夢のようだ、と思う。いつしか、年金を受け取る年齢は65歳からに変化していた。消費税が上がるたびに年金は安全、安心、と聞かされていたので、騙されたような気分だった。
60歳を過ぎて定年を迎えた源助は、新たな職を探さねばならなかった。退職金は貰ったが雀の涙だ。すぐに使い果たしてしまう。再就職先の給与は安かった。いや、職を手にしただけでもマシだと思うしかない。65歳になったら年金で暮らす。妻も自分も時間がなくてやれなかった趣味を楽しもう。夫婦揃って同じ趣味なのは良かった。趣味に打ち込めなくても、それに関して話題も生まれる。趣味の方向が違っていたら、夫婦間の会話さえなくなっていたかもしれない。
安い給与だが2人とも節約して過ごし、ギリギリの生活を送ることができた。
そして、65歳を迎えた。なんと、年金基金が破綻しかけていて、貰える年金は減額されている。源助は目を疑った。この日のために2人とも我慢してきたのに。
とても年金だけでは生活できない。生活保護を受けたほうがマシかも知れない。餓死しろということか。これまでの仕事を続けながら年金で暮らすか、と考えていたら、手続きの途中に言われたのが「他に仕事をやって給与を貰っていたら、年金は減額になります」
源助は唖然となった。そうなったら、趣味どころか、食べていけない。
「それから、これは提案ですが、もし年金の受け取りを70歳からになされば、毎回の受取額は、これだけに増額になります。ただし、70歳までは自力で稼いでいただくことになりますが。見たところ、まだお元気そうですし、ご夫婦で頑張れるのではありませんか?」
それから、担当者は70歳からの受給で毎回貰える額を提示した。なるほど、これなら苦労せずに毎月を暮らせる額だ。
ただし、贅沢をしなければ。
夫婦は顔を見合わせた。趣味だけで生きる生活はしばらくお預けだ。2人は頷き合い、手と手を重ねて言った。
「がんばろう」
2人は70歳になって年金受給の手続きに行った。
5年前の同じ担当者が机の前に待っていた。
「やあ、5年間よくやられましたね。ただ、ちょっと申し上げにくいことがあります。あれからの5年間でいろいろと状況も変化しています。5年前に提示した年金支給額ですが、少々減額されることになりました。いや、皆、同じ条件なんですよ全国民」
受給額が下がっている。夫婦2人でも食っていくのが難しい。
「これは詐欺じゃないか。何のために5年間耐えてきたと思う。その間に消費税まで上げやがって。100年大丈夫です。面倒見ます。というのは大嘘だったのか!」
「まあ、まあ、怒らないでください。世界は常に変化しています。できないこと、どうしようもないことが世の中にはあるんですよ」
「どうやって我々は老後を暮らせというんだ。生きていても地獄なだけじゃないか」
「あの......、実は1つ提案があるのですが」
「まさか、受給を75歳にすれば、増額になりますというんじゃなかろうな。もう、足腰も衰えている。誰も使ってくれないし、働かせてくれないよ」
担当者は首を横に振りニヤリと笑った。
「そんなことではありません。年金を自分の力で勝ちとっていただくんです」
「どういう意味だかわからんが」
「パーティで100円勝ち抜きゲームがあるのはご存知ですね」
「ああ知ってる。手に全員100円持って、隣の人とじゃんけんして勝ったら100円玉を受け取っていく。50人のパーティだと、最後の勝者は5000円を手にすることになる...という」
「そうです。それを年金でやるんです。この奥が年金バトル・ロワイヤルゲームの会場になっているんです。その部屋では罪に問われることなく殺し合いができるんです。負けたら"事故死"扱い。3人殺せば3倍の年金が受け取れます」
なるほど年寄りが減れば社会保障費も節約になると考えたのか......。こいつ等!
「どうなさいます。お断りになるも自由です。ただしその場合の年金額ですが......」
源助とトメは顔を見合わせて答えた。
「やるよ。武器は何が使えるんだ?ナイフでも拳銃でも構わないよ」
「ほほう。それは頼もしい。何人分の年金を望んでおられますか?」
源助は驚いていた。彼とトメの趣味はサバイバル・ゲームなのだ。心いくまで武器を握り戦闘体験をしたいと思っていたのだが、これほど早くやれるなんて。しかも、実戦で。
源助は漏らす。
「わし、ワクワクしてくるぞ」