第41回「性同一性執筆」
2008.04.01
「アイスマン。ゆれる」(光文社刊)という本を出しました。
私にとっては、珍しいタイプの長編小説ということになります。
実は、女性週刊誌で掲載したものですから、当然、主人公は女性なのです。それだけではありません。主要搭乗人物である主人公の友人たちも女性です。
プロットを考えているときは、ああでもない、こうでもないと、チェスの駒を動かすように考えていたのですが、さて、いざ書き出すとなると、自分の思考を女性として切り替えなければいけないと思いあたり、はたとペンが止まってしまったことを思い出します。
もう老境に入ろうとしているオヤジが、30代頭の女性の行動を思い描こうとすると、溜息が出るばかりなのです。自分の知らない世界ですから。
自分の知らない世界といえば、未来の宇宙の果てのよその惑星を舞台にして書いたりもするのですが、このときは頭の中ででっちあげて無理矢理に書き上げてしまいます。書き上げたところで、誰も見たことのない世界ですから、誰にも文句がつけられようがないわけ。
だったら、想像だけで同じ知らない世界を描くんだからと、ちゃかちゃか書いてしまえば、女性の読者たちから「作者は、ナーンにもわかっちゃいない。嘘ばっかり」と非難が集中するのは、目に見えてます。
最終的な着地点は見えているのに、途中の描写に自信がない。しかも、主要登場人物の三人の女性は、それぞれ性格が異なる、考え方も異なる設定です。でっかい壁が目の前にそびえているようなものでした。登場人物の言葉遣いを変えてみたところで、埒があかんかもしれない‥‥。小手先勝負になるものなぁ。仕方ないと考え、新たな方法を考えます。
登場人物の経歴と、それまでどのような人生を送ってきて、現在のキャラクターがあるのかという表を作成しました。自分なりの下手なイラストを添えてみたりします。
それでも、まだ動き出さない。会話が始まらない。
よし、次の手段。
同年齢の女性たちに知り合いを通じて集まってもらい、どんな風に会話のやりとりがあるのか。生の声を聞いてみる。
集まっていただきました。
「どんな話なんですか?」
一応、粗筋を話すと、参加した女性たちは面白がってくれている様子。
「どのようなことを聞きたいんですか?」
「あ。あの~」女性とあまり話す機会がないので、こちらもヘドモドです。
「仕事とか結婚に対しての考え方とか、おたがいに話して頂ければ。こちらで傍聴しますので」
「‥‥‥‥‥‥‥」
視線が痛かったです。あきらかに、その時私は変な奴でした。でも、皆さん、さすが、よくそれぞれ喋ってくれました。私は透明人間と化して、会話のリズムやら、考え方やらを、じっと聞いておりました。
ああ、なんとなく空気が掴めた。そんな気になりました。キャラクターを自分なりに、作っておいたのが役立ったというか。あの登場人物に今の科白を喋らせよう、とか考えつつ。オンナ言葉で思考しつつ。
これで書けるかしら。そう思い始めることができたので、執筆開始。とにかく、迷っている段階は筆は進まない。自分に納得させることができるかが、一番だと思いますの‥‥。
そーゆーことです。
で、連載開始までに、原稿を書き上げました。でないと、不安だったのです。幸い、担当編集さんも女性です。書き上げてから編集さんの目の洗礼を受けることで、事前に「こりゃ変ですよ。女性はこんなこと考えませんよ」は修正できると思ったのです。
書き上げて、恐れていた校正の時。
「女性が読んでも、変だ、というところは、少なくともありません。とても自然です」
嬉しかった。
「ありがとうございます。30代の女性になりきって書きました」お調子者の私は、そう答えました。
さて、その本が、いよいよ世に出たわけですが‥‥。
これまで女性誌で女性の読者だけだったのですが、本の形になったら男性の読者の目にも触れることになるわけで。すると、今度はまた違った評価が生まれるんだろうなぁ、と心配しております。
あ、物語の方は、これ迄通り、少し(S)不思議(F)系を目指していますので。
よろしくお願いします。