カジシンエッセイ

第53回「おでん文化」

2009.04.01

子供の頃から、おでんという食べものの存在は知っていた。だが、、好んで食べるものではない、というイメージ。
それは、私が育った熊本では、それほどおでんという食べものに強烈なイメージがなかったから。
居酒屋のメニューの片隅に「おでん」と書かれている。通学の帰りに高校生たちが寄るお好み焼き屋の柱に「おでん有り□」と記されていた。いずれにしても熊本では、「おお。おでん食いに来たんか!まあ、座れや」と主張するメインの食べものではない。かき氷が欲しくなる時期になると、柱には「おでん」のおの字も見えなくなるんだから。
私だって、「おでんってどんな食べもの?」と思ったのは、やはり赤塚不二夫さんのマンガ「おそ松くん」に出てくるチビ太の大好物として登場したのを見てからだろう。チビ太くんは、常に串に刺したおでん(たぶん、コンニャク、大根、厚揚げじゃないかと思うのだが)を肌身離さず、けけっと笑って持ち歩いていた。で、食べてみたけど、特別においしいものだ、とは思わなかった。

熊本で食べるおでんのネタは、以下のものである。スジ肉、タマゴ、厚揚げ、コンニャク、大根、キンチャク(野菜、あるいは餅)、ゴボウ天、くらいかなあ。ダシも、特別にうまいとは思わない。
おでんとは、そんな食べものだと思って成長したわけだが、社会に出て大阪に出張したときに、驚きを体験した。
「おでんを食べに行きましょう」と言われて、私は内心ええっ!と舌打ちし
た。大阪まで来て、おでん食べなくても、と。
連れて行かれたのは、法善寺近くの路地を入って細い階段を昇った二階。カウンターだけのこじんまりとしたお店。靴を脱いであがる。
そこが、おでん屋らしいのだが、シックな店内だ。一品づつ皿に盛って出てくるのだが、「えっ?おでん?」と首をひねった。なんとまるで懐石料理みたい。工夫を凝らした一品づつが、食べ終わる頃合を測るように出されるのだ。ダシの濃さも、品によって微妙に調整されている。薬味も、もちろんそのネタによって異なる。和辛子だったり、山椒だったり、七味だったり。
おでんに対してのイメージが百八〇度、変化した。熊本で食べていたおでんは何だったのだあ!
そして、上京したとき、おでん専門店へ入ってみる。大阪とまた文化圏がちがうから、と。
予感は当たり、熊本とも大阪とも異なるおでん世界が待っていましたあ。
ダシが、こちらは少し辛目のような気がするなあ。そして、何より見慣れないものが入っている。
白い巨大なふわふわとした具はなんだ?
それが、ハンペンというものだと、初めて知る。ハンペンって名前を聞いたことはあったけれど口にしたことはなかった。
そして、白いチクワのようなもの。 チクワブというもの。これも熊本では見たことがない。
そこで初めて気がつく。それまで、旅行先では、その地の寿司屋に行けば、その土地の味を知ることができると信じていた。
寿司屋だけじゃないんだ。おでん屋でも、その土地というか、風土を知ることができるんだ。
熊本へ帰ると、またおでんを食べてみる。あまり、驚きのない、おでんの味だなあ、と溜息をつく。
そういえば、東京のおでん屋では、ネタによって、おでんの汁に浸す時間が、ちがっていたなあ。目の前で浸して、すぐに皿に盛るものとか。熊本の場合は、ずっとグツグツ煮込みっぱなしで、食べるときに引き上げるという愛情のなさだものなあ。
どこか、熊本だったら、この店のおでんを食べないと、おでんは語れないぞ!というお店をご存じの方。教えて頂ければ幸いであります。すぐ、駆けつけますから。
そして、名古屋で食べた味噌おでん!これもカルチャーショックでした。
ここでは、おでんのダシが甘い八丁味噌なのであります。すると、もう、おでんというジャンルではとらえられない。東京と大阪の間の突然変異地帯であります。す。しかも、串カツをおでんの味噌ダシにくぐらせたりという、新しい世界!
ここにも、おでん文化があったのだぁ! つい最近、またしても、大阪を訪れた際におでん屋に足を伸ばす。
法善寺近くのおでん屋は見つけられなかったので、今度は、心斎橋のおでん屋へ行ってみた。
ここでも驚いたなあ。
なんと、鯨のパーツが、おでんの具として使われているのだ。サエズリとか、コロってなんだよ!と思ったら、サエズリって鯨の舌なんだね。コロって皮の舌の脂身から脂を抜いたものだって。
関西でも、おでんの具が店によって異なるという新事実を体感。ネギマとか、生麺とかにも出会いましたものね。
地域だけではなく、店毎のおでん文化も存在するんだ、と。
皆さんの地方の、おでんの特徴も教えて頂くと嬉しいのですが。

カテゴリー:食に夢中

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