第54回「白鳥山のヤマシャクヤク」
2009.05.01
山の中をうろうろするのが好きであります。高い山の頂上を極めようというのではなく、自然林の中をあてもなくうろついているわけです。九州には、それほど高い山はなく、久重連山の中岳が九州本土では一番高いのですが、それでも1791メートルほどです。
だから、私が歩き回る山は山頂近くまで自然林が連なり、文字通り森林浴をしているようなもの。すごくのんびりできるわけです。気の向いた場所まで行って気の向いた時間まで過ごすという遊びかた。
で、山をどのように選択するかといえば、
----この時期は、あの山に行けば、タラの芽とコシアブラの若芽に出会えるなあ。
----昨年の日記を見ると、同じ時期、あの山の登山道でタマゴダケに遭遇しているぞ。足を伸ばしてみるか。
といったものです。
初夏に久重連山のどこかに行ってみようかと出かけて、瀬の本高原のドライブインでトイレに入ったとき、隣の会話を盗み聞きします。
「スキー場の上のオオヤマレンゲが見事でしたよ」
それで、ためらうことなく目的地を変更してオオヤマレンゲを愛でる山歩きに変更するというアバウトぶりなのです。
あ、オオヤマレンゲは、初夏の深山に咲く“高山の貴婦人”の異名を持つほどの艶やかな花です。樹木に無数の大粒の花が咲き乱れている姿は、息が止まらんばかりでした。
それから、毎年、その時期になると、オオヤマレンゲを眺める山歩きが、スケジュールに加わることになったのです。
さて、今回の白鳥山ですが、最初に登ったのは、もう数十年前になりますね。
熊本と宮崎の県境にあるブナの原生林が豊かな山で、しかも紅葉は素晴らしいということを知り、行ってみたわけです。
噂どおり、秋の白鳥山は、しっとりとして素晴らしい場所でした。平家の落人の屋敷跡や、まるで自然の能舞台のようなドリーネなど、目を見張りました。たまたま、そのときは雨上がりだったのですが、霧が一面にかかり、湿地である御池あたりは、幻妖ささえ漂い、まるで泉鏡花の小説に登場する幻想的な場面を思い出しました。
なにより凄いのは、その手つかずの原始林で、そのとき誰も他の登山者と出会わなかったことでしょう。
さて、数年後の5月の連休明けのある日、この白鳥山を再び訪れました。秋の風景もあれほどよかったから、初夏などはどれほどのものだろう。また違った貌を見せてくれるのではないか、と。
で、登ってみて仰天したのです。まったく予想していなかった風景が拡がっていました。
ヤマシャクヤクの群生が、山の斜面一面に!それも、開花して間もない、純白のボンボリのような花弁で。
そのときの感動といったら言葉に表せません。自然が贈ってくれた、まるで奇跡のようなお花畑の光景でしたから。
それが、まったく予備知識なしに飛び込んできたのです。
それから、毎年、5月のゴールデンウィークが終わった10日後に白鳥山詣りをするようになりました。もちろんヤマシャクヤクの奇跡の光景に会うために。
何度会っても、感動が薄れることはありません。その光景を仕事の中で活かしたくて、「未来のおもいで」という作品の中で白鳥山のヤマシャクヤクを、主人公たちが登場する背景描写に使ったほどです。
さて、その「未来のおもいで」という小説は、光文社文庫で書き下ろしたのですが、今年の2月から3月にかけて、演劇集団キャラメルボックスによって「すべての風景の中にあなたがいます」のタイトルで舞台化されました。
その影響かもしれません。最近、白鳥山のルートと、ヤマシャクヤクの咲いている正確なスポット、そして咲く時期を訊ねられるようになりました。
もう、そろそろ満開の時期が近づいています。ここ数年、崩壊していたはずの林道も、無事に復旧しているようです。
皆さんも、その奇跡の光景を目にしてみては、いかがですか?
きっと感動されると思いますよ。