カジシンエッセイ

第93回 何が怖い?

2012.08.01

 八月のコラムということであれば、やはり怪談噺とかが日本では定番のようですね。外国では、いわゆるホラーとか幻想譚は冬場のクリスマス前後に、暖炉の周りで語られることが多いです。やはり、日本では納涼という目的がはっきりしているということでしょう。ただ、個人的に怖い話を聞いたり読んだりしても、暑さを忘れるようなことはありません。どこかの時代で、夏場は納涼怪談噺というイベントがあって、それが定着した結果ということではありますまいか。

 一応、そんな日本古来の伝統に従って私の身の回りで起こった怖い話はないか、と考えてみたのですが、超自然的な怖い話はほとんど、というより、全くない。
 二十歳の頃、ガソリンスタンドでアルバイトをしていた時、暴走車が飛び込んできて、計量器に激突。その横にいた私は、おしっこチビリそうになった……というのはありますが、人に話しても、あまり怖がってもらえません。
 やはり、幽霊や化けものが登場しないと、怖いと思えないのでしょうか?
 化けもの、というより妖怪に縁のある場所には行ったことがあります。
 天草に巨石群を見に行った時のことなのですが、天草市の栖本町を車で走っていると道沿いに看板が。
〈油すましどんの墓〉
 一瞬、どんな意味なのか戸惑いました。それから思い出したのは、水木しげるさんの妖怪画に出てきた姿です。『油すまし』って、平べったい石のような頭に全身を蓑で覆った妖怪だったよなあ。杖をついていたのではなかったっけ。
 墓があるということは、その妖怪はこの地で死んだということなのかな?
 好奇心の強いのが自分だ!と思って車を止めました。県道から、まだ奥に入らなきゃならんみたい。県道沿いの空き地に車を置いて歩いて行くと、細い道の端に「油すましどん」と方向が書かれていました。あれれ?さっきは墓と書かれていたのに、墓じゃないのかな?
〈伝説 油すましどん〉
〈油すまし 駐車場〉
 なんだか、県道で見た時より看板も段々チープになっていきます。不安です。本当にここに油すましどんがいるんだろうか。(どん、というのはここいらの~さんといった敬称なんだろうな。もう敬称は省略されている。)
 で、細くなった道を歩くと……。
 まだかよ~、と言いたくなる頃、道の右手に看板がまたしても。そこには、
〈ようこそ〉
 なんだか、「注文の多い料理店」て感じですね。なにが〈ようこそ〉だよ。油すましが歓迎しているのかな?どんどん不安になってくるではありませんか。
 トホホ感を我慢すると、またしても細い道から右へ降らなきゃならん。
 そこが、そうだったのです。物干し場みたいな板場があります。三畳くらいかな。そして書かれていました。
〈「油すまし」伝説 発祥地〉
 仏像が三つと、立派な杖が一本。はぁ?これだけ?墓じゃないではありませんか。
 帰ってから腑に落ちないので調べてみました。ある郷土史家の方が書かれた『天草島民俗誌』に〈油すまし〉が紹介されています。
 例の場所を老婆が孫を連れて通るとき「ここにゃ昔、油瓶さげたん出よらいたちゅうぞ」と孫に教えてやったら「今も出るぞー」と声がして……。
 そんな昔のことが記されているんですが、妖怪とも物の怪とも書かれていない。油すましがどのような姿かもわからない。どんな悪さをしたのかもわからない。「油瓶さげたん出よらいた」というのは、「油瓶をさげたのが現れていた」ということで妖怪とは限らないのでは?
 姿は完全に水木しげるさんの創作ですね。
 この「油すましどんの墓」は栖本のかっぱ街道にあります。
 全然、涼しくなれない妖怪です。というより意味不明といったほうがいいか。
 そんな妖怪レッテルがついてなくても、ぞっとした話を。
 しばらく前に、阿蘇のことを書くために取材でまわったことがありました。Yさんという地域の伝説や歴史に詳しい方で、年輩ですがとてもお元気でおもしろい方でした。そのYさんに案内して頂き、熊野座神社の巨岩にでっかい穴が開いた穿戸の穴やら、清栄山近くの高森殿の杉などを見てまわったのです。そこに、Yさんに携帯電話が入りました。で、話をされている声が嫌でも聞こえます。「ああ、その日は駄目駄目。山に入れないよ。予定はないけど、その日は山に入っちゃいかん」
 電話を切ったYさんに尋ねました。
「今、◯◯日は山に入れん。予定があってもなくても入らん…そう言ってましたね。なぜですか?」
 それまでニコニコ顔だったYさんの表情が変わりました。眉を寄せて私を睨んで。「そりゃ山に入っちゃいかん日だから、ですが」
「なぜですか?」私は禁忌の理由を知りたかっただけです。で、Yさんは…、何か言おうとしたのですが、結局黙したまま、何も言わなかった。
 この時のほうが、ぞっとしましたね。言わないほうが、言うより何十倍も恐怖が増幅するんだと思い知りました。
 で、ぼんやり考えるんです。その日に山へ行くと何があるんだろうって。
 あっ。そんな感じで阿蘇を舞台にした不思議長編「アラミタマ綺譚」(祥伝社)を出します。どうぞ、読んでくださいますよう。伏してお願い申しあげます。

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