カジシンエッセイ

第97回 魔境を彷徨う。

2012.12.01

ある日、突然にそんな悲劇は起こる。
 仕事場で頭を捻っていると、突然の電話。何事かと思ったら、古い家屋の我が家に白蟻が発生したという。場所は我が家の書庫から二階にかけて。
「じゃ、早く白蟻業者に駆除して貰いなさい」

 そう言ったら、すでに業者に見て貰ったという。そして、駆除に入る前に、作業できるよう片付けてくださいと言われた、と。
 その白蟻が巣食っているところの前に本が積まれている。本の山を取り除くこと。そして、書庫横の物置きまできれいにしておかないと作業に入れない。そうなのか。
 仕事を中断。慌てて帰宅する。そしてその作業量を確認。愕然とした。
 予想を遥かに超える物置きの荷物。本の量も半端じゃない。よもやこれほどあるとは。これだけの荷物をどこへ運べばいいというのだ!
 しばし、茫然自失。目の前が真っ暗。
 へたり込みそうになったが、それではいつまでも事態は進展しないと自分に言い聞かせ、作業を開始する。
 座敷の廊下にともかく荷持を積み上げる。本棚を運び、そこへ本を入れてしまう。そこまではいい。腰痛自覚し始めるものの、とりあえず、『順調だ』とつぶやくのだ。まぁ、ある種の“強がり”だけど。
 それで半日。そしていよいよ、物置きと言う名の魔界に足を踏み入れることになる。しかし、魔界が、そう簡単に侵入を許してくれる筈もない!
『うわっ』ちょいと触れただけで何やら崩壊してしまいそう。足の踏み場もない。
 まず、二十世紀の年賀状が出てきて不安が募ってくる。物置きの内部には数十年の時代を超えた怨念のようなものが詰まっている。瘴気とか妖気とかいうものが漂っている気配があるのだ。
 ほら、昔から言うじゃないですか。道具も使い続けて何年も経てば物の怪に(もののけ)に変化するとか。
この物置き自体も、まさに、そのような感じだ。一つずつ品物を運び出していく。マスクと手袋をしているからいいものの、埃が舞い上がる。
 老母は以前から頂きものがあったら、どんどんこの物置きに放り込んでいたらしい。その結果だ。
 長年のお歳暮やらお中元やらも。
 まさに魔境。鬼が出るやら、蛇が出るやら。おっかなびっくりである。
 出てくるわ、出てくるわ。
 結婚式で頂いた引き出物。皿やカップやら。まだ、名前が貼ってある。この人たちは、もう銅婚式過ぎてるんじゃないか?とか、ええっ!このカップルはすでに離婚しているよなぁ!とか。人生ドラマあり、と呟いて作業中断。ブランドものの食器や、結婚した夫婦の名が入ったアルバムとか。呆れて眺める。どうするべぇ。
 驚いたのは故人の写真が出てきたこと。葬儀の時に頂いたような。捨てるに捨てられず、とってあるようだけど、それほど親しかったわけじゃなく。どうしよう。
 ここで、最近の便利な言葉。
 断捨離!
 それから、魔除けの呪文として使い始める。
「断捨離!断捨離!」
 便利な言葉でありました。煩悩を捨てる!不要なものを残さない!
 母の世代は「もったいない」「まだ使える」なので、ものが捨てられないのだ。よし、天に代わって無駄を捨てる。残すか、残さないか迷ったら捨てる。
 ゴミ袋が大量に生産されました。
 おかげで、2日で白蟻撃退準備が完了した。
 あれほど邪気が溜まっていたというのに、もう気配さえも感じられない!
 いやあ、清々しい。
 ここでは、いくつも真理を学んだなあ。
 「物置きに保管されている9割は不要品である。」うちは持ち家だけど、「借家だったら、この空間にも家賃を払っていたことになるんだ」とか。考えると、もっと他に使い途あったよなあと反省されることでしょうぞ。
 さて、後日談。
 白蟻の駆除を済ませ、友人たちと山歩きに出かける。
 山頂で、先日の物置き魔境で発見した、頂きもののスープの缶詰を皆にふるまう。東京の某一流ホテル製のスープである。温めて分けると、皆、「これはうまい」と大好評だった。それで、調子に乗って、そのスープの缶詰がどういう経緯のものかを教えたのだった。美味しい筈だ。魔境から発掘したものだから、と。得意になって。
 すると、一人が、はっと気づいたような表情を見せて叫んだ。
「えっ!じゃあ、このスープの缶詰はもしや……。賞味期限の方は、どうなっているんですか?」
 すると別の一人が缶詰のそこを確認する。
「去年の3月で、賞味期限が切れている」
 すると、皆は…。
「う・ええええええ」
「う・ええええええ」
 仕方ないじゃないか。高級一流ホテルの缶詰スープだ。皆が喜ぶと善意で持参したのだから。皆、美味しいと言って食べていたではないか。缶詰に賞味期限なんて発想はなかったよ。
 誰もお腹を壊したとは聞いていないし。

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