カジシンエッセイ

第48回「信州マツタケ征伐」

2008.11.01

ふだん、キノコが好きで、キノコ採りにばかり出かけている。しかし、生まれてこのかた松茸だけは採ったことがなかった。
松茸が出るという噂の山にも何度か行って見たが、出会えた試しがない。
松林に分け入り、確かに松茸の匂いがするヨ!というあたりを鼻面を地面にくっつけんばかりに探しまわったのだが、見つけるには至らなかった。
私の中では、幻のキノコだったのだ。
だから、「松茸ぇ?あんなの金出せば買えるじゃないか。そんなのキノコじゃないヨ」と常々言っていたが、それは、もちろん負け惜しみだったのである。
本当は、一目でいいから松林の中に生えている松茸を自分の手で採ってみたいのヨ、という願いを持ち続けていた。
その松茸が採れる山を一日だけ解放して頂けるそうだ!!という話が私のところに持ち込まれた。

場所は長野県。信州である。
私がキノコ好きだということを知っているSFファンたちからの甘いお誘いである。十月七日に一報が入り、最盛期は十四日前後とのこと。その誘惑に心は千々に乱れた。どうしよう。行くべきか、行かざるべきか。ハムレットの心境。

だって締切のまっただ中なんだもん。

結論を出した。この機を逃せば一生松茸なんか採れないかもしれない。
一週間前だから飛行機の割引もない。それでも「行きたい!」
そのときは世界の果てでも行くつもりだった。信州まつもと空港へは福岡からは週に三便しか飛んでいない。それでも行くんだ!
何と締切前の十三日には原稿を書き上げていた。私は目の前の人参を見て走るタイプのようである。以降の仕事は、うっちゃらかして熊本を飛び出したのだ。
リュックの中には竹籠一つ。それも小さめ。私も紳士だからして、それ以上は採らないつもりだった。もう、熊本から博多へ走るJRの中から、わくわくであった。
上物が採れたら、ズボンのチャックの間からのぞかせて記念写真を撮るんだ、という決意。待ってろ、信州。マツタケ征伐だあっ、と。はしゃぐ心を抑え抑え。
信州まつもと空港は九州とはうって変わってしとしと雨の肌寒い陰気な天候。
そして翌日、晴男くんの私のせいか、秋晴れの朝がやってきました。天は我に味方せり、と快哉を叫び、案内して頂き中央自動車道をひた走り。
そして、そちらの山へ到着。ご主人、奥さん、お母上の三方の案内で急斜面の松山へ。ご自宅のすぐ裏が、松茸山とのこと。こりゃ、文字通り、裏山し過ぎ。
八十二歳のお母上は、実にお達者。「そこいらが、マツタケのシロ(生える場所)だあ」と言われて這いつくばるように探す。

あったぁ!ありましたぁ!

松葉に隠れて巨大な松茸がぁ。そして、そのまわりにも、こちらに一本。そこにも一本。
視界は真っ白。まるで夢のようだぞ。松茸の先端はほんの少しのぞいているだけ。指をそえて引き抜くと、長さ七、八センチもの上物が。
ああ、生きてきてよかった。
思い切って来てよかった。
自分のキノコ人生は、この瞬間のためだけにあったんだぁ。
マツタケと記念撮影。もう、胸のどきどきが治まらない。
上物が全部で七本も!
他にも、九州なら必死で採るアミタケ、ハツタケ、ハナイグチ、九州では珍しいショウゲンジやらキシメジ、シモフリシメジまで。
まるでキノコ天国なのだが、マツタケの存在感の前では色褪せてしまうのだ。
こんな貴重な体験を、と腰が抜けんばかり。
私は大量虐殺をやる趣味はない。
松茸に焦点を絞り、持ち帰ることにした。
とにかく、キノコは採ったら早めに食べるが鉄則。そして食べるまでは保存法がイノチ。
松茸が蒸れないように。
竹籠に入れた松茸を手に持って帰った。飛行機の機内では、その匂いで衆目集めちゃったよ。まわりの乗客が怪訝そうに私を見るのだ。申し訳ない。
我が家の食卓は、その日、松茸の匂いが充満した。何とバチあたりで豪気な宴となったことか。信じようと信じまいと、家の外まで松茸が匂ったほどだ。
ご近所も、夕食時だったろうに。ご近所迷惑、申し訳ない。

数日後、お礼の品を贈るために地元某百貨店へ出かける。そこの地下食料品売り場。
そこで見たものは……。
私が採ったサイズの松茸だ。ええっ!
一本が、一万三千二百円。

腰が抜けそうになった。

カテゴリー:食に夢中

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