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Column - 2026.05.01

第259回 理想の相手

 紹介者の前で、初対面の女性に言われたこと。彼女は美人で身のこなしも文句のつけようがない。
「あの。まず最初の確認ですが、あなたはAIではありませんよね」
「はいっ?!」
 私の箸を持った手が止まった。
「え?あのう、人間に見えませんか?」
 一目見ただけで、私が人間かどうかわかると思うのだが。
「では、証明をお願いしたいのですが」
 履歴書でもなく、健康診断書でもなく、私が人間であるという証明が必要?女性は自分のスマホを取り出し、何やらアプリを起動させている。女性は言った。「AI判定アプリです」
 私もそれは見覚えがあった。九つの写真が画面にあった。そして、上に「橋の写真をすべてチェックしてください」とある。簡単だった。五枚が橋の写真だった。普通の橋や陸橋を見上げたもの。パリのポンヌフ橋の写真もあった。チェックし終えて画面を見せると、彼女は頷いた。画面にはこう表示されていた。
――私はロボットではありません
 その画面が――判定中――に変り、ぐるぐると渦巻く。次の表示が現れた。
――あなたは人間です
 やはり、そうだ。ほっと溜息をつこうとして、その息が止まった。続いて表示されていた。(信頼度:18%)思わず呻き声を漏らしてしまった。「低う……!」私の本音だ。
 目の前の女性は腕を組んで私を睨んでいた。
「やはり……」その目は私を疑っている。
 私は焦った。「なにが、“やはり……”ですか。目の前の人間を普通疑わないでしょう」
「それがAIの浅はかな考えです。現実は、あなたが本当の人間であるかの証明にはなっていないと訴えているも同然です」
「じゃあ、どうすれば人間だと信じてくれるんですか!」
「では追加試験を受けてください」
「追加…試験…」もう私としてもやけっぱちだ。「で、今度の問題は、いったい何ですか」
 彼女は頷き、スマホをゆっくりと私に向けた。
「では、私に、どうでもいいことを三つ、話してください。どうぞ」
それが追加試験の問題なのか?だが、何と答えれば合格になるのかはわからない。
「ええっとですね。私は今、パンツを裏返しにはいています。ちゃんとはいたつもりでしたが鏡を見たときに、それに気が付いたのです。ところがはきなおそうとしたときに、すでに見合の時間が差し迫っていることに気付いて、仕方なくそのままズボンをはいて、ここに来てしまいました。今もパンツは裏返し。これって、どうでもいいことですよね。あと……二つ。あと…二つ。どうでもいいこと……。あのう。気になりませんか?大仏さんの頭がパンチパーマみたいだってこと。あれはブッダもパンチパーマだったということですよね。本当にそうだったのかなあ。私のまわりにあんな髪型の人はいませんよね。どうして大仏はあんな髪型なんですかね?でも、これってどうでもいいことですよね。
 これで二つですね。あと一つは……どうして、どうでもいいことが三つ必要なんですか?二つや四つではいけないんですか?あ、これで、三つ。ということではいけませんか?」
 女性はふっと笑った。
「はい合格です」
「え?」
「完璧に人間です。AIは、“状況への素朴な疑問”が一番苦手です。わかりました」
 これでマッチングになるのだろうか。すると、彼女を引き合わせてくれた二人の間にいた紹介者が口を開いた。
「では次は彼女側の証明ですね」
 彼女はすっと背筋を伸ばした。まさかー。
 私も彼女にロボット判定アプリを差出す。
――私はロボットではありません
 すべての画面で自動車が入っているものにチェックされている。私が見るかぎり、間違いはない。――判定中――。ぐるぐるぐる。
――あなたは人間です。そして(信頼度100%)の表示。
 すごい。私のときが18%だったのに、今回は100%だ。
「まさかとは思いましたが、100%満点だなんてね」
 女性は、にっこりと微笑んだ。
「当然ですわ」そう言って少しだけ首を傾げてみせた。その横で彼女を私に紹介してくれた担当者がぱちぱちと手を叩いた。
「いやあ、私も迷うほどの改良ぶりでした。これが今期モデルですよ」
「今期モデルということは、彼女は……!」
 女性は立ち上がり、私に頭を下げた。紹介者と共に。「そう。彼女は人型見合AIです。そして、あなたも人間サンプル枠として、とても優秀でした。これ以上ない成果でした」
 私は、本当の見合相手として必死だったのに。しかもAIとわかっても彼女は完璧だった。立ち振舞い、美貌、言葉遣い!
「そうですね。あなたは本当に彼女を人間と信じて見合に臨まれていた」
 もう私には、普通の人間との見合で理想の相手には巡りあうことはないように思えてきていたというのに。そのことを紹介者に告げた。
「もう、彼女以上の理想の相手には出会えないような気がします。AIでもいい。彼女と私が結ばれる方法はないのでしょうか?」
 すると仲人は頷いて言った。
「気にいりましたか。彼女はより人間の理想に近いAIです。無理もない。そしてあなたは人間そっくりの人間サンプル体。完全な人間ではない。あなたと彼女なら人間もどきに人間もどきだしな。人間界なら、割れ鍋に綴じ蓋とも言うし、ベストな組合わせかもしれんし」
 私と彼女にとって、それが幸福なのか?不幸なのか?

カジシンエッセイ5月号
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