Column - 2019.01.07
第170回 ナマハゲ・サミット
私は北国の会場へ到着した。私が勤務する村役場に招待状が届いたのだ。開幕はなんと元旦の夜。
その招待状には、こうあった。
第一回ナマハゲ・サミットのご案内、と。
実は、あまり有名ではないが、私の村にもナマハゲに似た来訪神行事がある。
由来はわからないが、デコハゲという行事だ。ナマハゲに似た来訪神だが見た目は違う。蓑を着けているのは同じだが髪の毛が生えておらず、おでこが大きい。村中の家を旧正月に巡るのが習わしとなっている。見るとちょっと間が抜けている感じだ。左手に金串、右手にトングを持ち玄関に入り、「悪い子はお仕置き!悪い子は折檻!」と叫ぶ。すると、その家の子どもたちは震えあがり泣き叫ぶのだ。
それなりに楽しいし効果もある。このデコハゲをやることにより、子どもたちは、日頃"いい子"でいなければならないと学習する。それが、年一回の行事で、地域のイベントとして根づいてしまった。それほど昔からあった行事ではないと思う。想像だが十数年前に、地域の誰ということなしに言い出して、ナマハゲの真似ということで始まった行事ではないのだろうか。それが定着して今回のサミットにも呼ばれるほどに、世間にその名は浸透したようだ。
来訪神が地域の家を回る行事は、大晦日、あるいは節分、旧正月と、節目になる日が多いようで、その中で、ナマハゲの行事が比較的少ない日ということで元旦の夜が選ばれたのだろう。
会場には全国のさまざまな地域の来訪神たちが、それぞれ個性的な姿で集まっていた。来訪神は普通の人々が演じているのだが、コスチュームで身を包むと"らしく"見えるから不思議だ。本当はその地域の商店主だったり、公務員だったりなのだが。しかし、なぜこのようなナマハゲ・サミットが始まったのか?
世界文化遺産に認定されたのがきっかけになったのだろうか?来訪神をもっと広く認知してもらい、それぞれの観光資源になればという意図があるような気がした。
気になったのは、このサミット開催団体が公的な団体ではなく、聞いたこともない研究団体名であったことだ。確か、ナマハゲ復活振興会と言ったか。
民俗学関係の団体だろうか?
広い会場では、さまざまなナマハゲもどきが行ったり来たり。これほど世の中にはナマハゲ風習が多いのだろうか、と驚く。パンフレットをぱらぱらめくると、北は北海道どころか、ロシアの聞いたこともない村の名前もある。南は沖縄の離島どころか、東南アジア諸国の写真もあった。椰子の葉で身体を覆い、椰子の実を割って牙をつけていたのがそうか。
パンフレットには来訪神の名前が書かれていた。ナマハゲはもちろん、私のデコハゲもある。コガリ、オニドリ、アカバシリ、オノドン、スネモンとネーミングもさまざまだ。だが、どれも子どもたちには怖れられそうな姿だ。
会場が薄暗くなる。何やらサミットのメインイベントが始まるようだ。
中央の高台に主催者らしいナマハゲが登壇した。でかい包丁を振り回し、マイクで叫んだ。「さて、津々浦々の来訪神の皆さん。本日はこのナマハゲ・サミットによくお集まり頂きました。さて、全国どころか、世界にはナマハゲに代表される来訪神行事が多数存在します。これは決して偶然ではなく、古代にナマハゲが実在し、それを目撃した人々がどこかへ去っていった来訪神を偲び、彼らを模倣したのが行事として残り、変化していったのではないでしょうか。そして行事は風化して、今の世界各地で見られる来訪神行事になったと思われます。」
「さて、子どもたちは今、ナマハゲを怖がってくれるでしょうか?乳飲み児はともかく、すれた子どもたちには馬鹿にされ、ゆるキャラ扱いされるのが関の山であります。」
「今こそ、子どもたちに来訪神の怖さを認めさせる時期ではないでしょうか!そのためには今一度、本物のナマハゲを蘇らせて召喚し、その怖さを学ぶべきではありませんか!今このサミットでそれを実現させたいと思います。全国のナマハゲの末裔たちが意識を集中させれば、必ず本物のナマハゲは現れます!」
誰かが叫ぶ。「そんなことで本物のナマハゲが呼べるのか?」
「実は古文書からナマハゲ召喚の秘文を手に入れております。この呪詞を唱え、ナマハゲを演じる方々と念じれば必ず降臨され、ナマハゲの真髄を伝授されるはず」
「暴れだして襲ってきたりはしないのか?」
「大丈夫です。大昔からナマハゲが懲らしめるのは"悪い子"だけに決まっています」
会場内に意味不明の不気味な呪文が大音響で流れ、参加しているナマハゲたちも、それに反応するように半狂乱で踊り始めた。
どれほど続いたか。遠くから会場に地響きが近付いてくる。本物のナマハゲが降臨したと私は確信した。そして、腹にこたえるような響きの不気味な声。
「悪い子は、いねぇがー。悪い子は~」
本当だ。悪い子どもたちが処罰の対象らしい。会場の天井がめりめりと裂け、巨大な鬼のような化物の充血した巨大な眼が覗く。これがナマハゲか!
なんということか。ナマハゲの腕が伸び、何人かのナマハゲに化けた参加者を掴むと包丁で首を叩き切った。
私は予想外のできごとに仰天した。なぜだ!子供だけだろう。
そして、本物のナマハゲが数万年前の古代の生まれと思いだす。そんなナマハゲの目からすれば我々は皆、子ども同然なのだ。しかも何も悪いことをしていない者なぞこの世に存在しない。
古代の巨大ナマハゲの手が目の前に伸びて私を握りしめた。最後に見えたのは巨大な包丁の刃。