Columnカジシンエッセイ

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Column - 2006.06.08

第6回「『酢ダコ』の謎」

高校時代までは、熊本市内に住む私にとって、人吉球磨地方というのは、遠い遠い場所だった。
球磨地方といってもイメージが湧いてこないのだ。断片的に「球磨川」とか「山奥」といった言葉が浮かぶだけ。

高校時代の友人に、免田町出身者がいる。
今は、町村合併してあさぎり町だが。
彼が休みに帰省するとき、「球磨のお土産」を頼んだ。持ってきたのは、「猪の肉」だった。仰天した。


「球磨のステーキはイノシシなのか?」
「ちがうぞ!」と彼は反駁した。
「球磨の町なかは、イノシシが走り回っているのか?」
「ちがう。ちゃんと自動車が走り回っているぞ」


少し球磨のイメージが変わった。その変化したイメージを友人に言った。


「そうか。球磨の町なかを走っている自動車はタイヤの代わりにイノシシが四頭ついているんだな」


友人は黙っていた。やや呆れ顔で。
猪の肉は、塩焼きにして食べた。
固かった。


「イノシシの肉以外で、何か名物はないの?」
「球磨焼酎!」高校生の私に焼酎が飲めるはずがなかった。
「他は?こちら(熊本市)で食べないもの。見かけないものはないの?」
「そうだなぁー!」


友人は、しばらく考え、遠いところを見る眼になって言った。


「酢ダコ」
「タコスか?メキシコ料理の?」
「ちがう。タコの足だ」


私の頭の中で?マークが行列していた。


「タコって海にいるタコか?」
「そうだ!」
「人吉・球磨に海はないだろう。何故、タコが名物なんだ?」
「知らないけど、昔から喰ってる。正月なんか必ず食べる」
「タコは、こっちでも喰えるだろう。酢をかけて喰うんだろう」
「そりゃ、全然ちがう」


謎の言葉が返ってきた。じゃあ、何故、酢ダコというのだ。


「このくらいの大きさだ」

友人は右手の関節の上を左手で示した。それがタコの大きさかと思った。だが違った。
友人はつけ加えた。

「足一本で」

嘘だぁと叫びそうになった。それでは、まるで「水爆と深海の怪物」に登場するモンスタータコである。
「しかも真っ赤である」と友人は言った。
スライスして食べるということだった。
特殊な処理を施された巨大ダコらしい。
そこまではわかった。それから妄想だけが膨らんでいった。
球磨川の源流近くの滝壺には、淡水に棲息する怪物ダコの大群がいるらしい。水を飲みに近づくイノシシが餌食になっている。球磨の住民は正月が迫ってくると、大ダコ狩りに行かなくてはならない。酢ダコをこさえるための行事だ。


「おまえ、もう元服済んだら一人前の男だな。大ダコ狩りに連れていくからな」


そんな会話が交わされるのだろうか。
その友人は、ついに「酢ダコ」を土産に持ってくることはなかった。人吉盆地の名産、「酢ダコ」は、私にとって未だに謎の食べ物のままである。実在の食べ物だろうか。
数十年が経過して、人吉生まれという方に、「酢ダコ」の話を尋ねた。すると、その方は仰言った。


「焼酎に合いますよ」


やはり、実在するらしい・・・。

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