Column - 2021.01.01
第194回 秘境宮詣り
元旦にはご利益のある神社に詣りに連れていくよ!と言っていた友人に連れられて山奥の渓谷の岩場にやってきた。登山口までは大学の研究室にいる彼の従弟が運転して。彼も友人の話に興味を持ったらしく、リュックに彼の計器類を詰め込んで。足を踏み入れづらい秘境にあるお宮だから参拝客は少ないそうだ。それだけに霊験あらたかかもしれないが。
細い山道を一歩づつ丁寧に登りあげながら友人は話してくれた。
「そのお宮では、真剣に祈ると神さまが直々に話しかけてくれるそうだ。今、自分が迷っていることに答えを出してくれたり、年始なら一年のアドバイスをしてくれる。そのとおりに過ごせば強運まちがいなしということだ」
友人は信じている。もともとスピリチュアル系の話が好きな奴だと思う。外国までパワースポットを求めて行ったりするからなあ。本当かどうかよりも、こっちは深山のフィトンチッドを味わえるだけでもいいと自分に言いきかせ、友人につきあったのだが。
「神社の裏に誰かが隠れてお告げを伝えるんじゃないか?」
「そんなことない。山奥で無人のお宮だし」
足元に注意しながら谷底へ下りると、岩場の陰に小さな古い社があった。「着いた。ここだ」確かに他に人の気配はない。友人の従弟もあたりを見て確かにそうだと、とうなずく。
「さあ、参拝しよう」三人で小さな神殿の前にならび二礼二拍手一礼。そして、しっかりとお詣りした。今年こそいい年になりますように。どのくらい必死で祈ったろう。心の中で誰かが言った。
「よう、詣られた。願いはしかと聞き届けたぞ」どこで誰が言ってるんだ。神殿の上に光るものが見えた。その光が言う。「我を信じなさい」光はそのまま浮き上がり、次の瞬間、消えてしまった。友人や従弟にも見えたらしく、それぞれあたりを不思議そうに見回す。「神さまが約束してくれた。ありがたや」「ぼくにも聞こえたし、見えた。神か!」
しかし従弟はリュックから計器を取り出し、何かを測定し始めていた。それから呟く。「やっぱりだ」それから「この神社で神の声が聞こえるようになったのはいつからですか?」「三年ほど前からかな?」「鹿はこのあたり多いんですか?」「山奥だからかな。鹿被害を避けるため、鹿よけネットを数年前から張ったくらいだから。でも、効果はどうかな?増えて希少植物まで食ってるらしい」そういえば、山の斜面はネットで覆われたエリアが方々にあった。「だから、ネットだけじゃなく鹿の嫌がる音を発生させる装置を、あちこちに三年前からつけていると聞いた」
「謎がとけた。それだ!」と従弟が言った。わけがわからない。「鹿の嫌う音は人に聞こえない高複雑性超高周波です。そして兄さんが使っているのは、山奥で使える特殊な衛星携帯電話ですよね。より強力な電磁波を発するその周波数が重なり、脳のシルヴィウス溝を刺激する。すると天使が見えたり神の声が聞こえたりという錯覚が起こるんです。これはカナダのローレンシアン大学のパーシンガー博士が発見している。鹿除け高周波ハイパーソニック効果と電磁波携帯電話の相乗効果で起こる現象にすぎないのです。これで、幽霊が現れたり見たり、宇宙人に拉致され意識を失ったという現象は説明がつくんです」
そうだったのか。科学で全て説明がつくとは。友人も憑き物が落ちたような表情になっていた。そう説明がつけば納得してしまう。
そのとき人声がする。見ると団体さんが、やっとのことでお宮にたどり着いたところだ。「ここが神がお告げをなされるお社!」「ありがたやありがたや」「南無南無。本当だ。神さまが来年は幸福にしてやると仰った」
人々は狂喜して叫ぶ。なかには感動で泣き出すものも。「苦労してここ迄来てよかった」「神さま、ありがとうございます」
本当のことを教えてやろうかと思ったが、それは苦労してここ迄たどり着いた彼らにあまりにも酷なことのように思えて黙っていた。人々は、何度も社に頭を下げ喜び立ち去っていった。そんな彼らを羨ましく思った。まさに信じるものこそ救われん、鰯の頭も信心からだなあ、と。
見送った友人と従弟は我に返ったようだ。
「インチキ神さまだとわかったら、このままにしておくべきじゃない気がしてきたよ」「神殿を壊しておけば、人々はご利益がないとわかるだろう」と、とんでもないことを言い出した。友人が賽銭箱を蹴り、従弟がバールで社を壊そうとしたときだった。社の中から、真っ黒などろどろしたタールのような物体が噴き出した。真っ黒いものは腕を伸ばし悲鳴をあげる二人を捕まえると、否応なく地下へと引きずり込んだ。これは……神さまだ。この社で奉られている…。なんと怖ろしい。
腰が抜けて身動きできずにいると、真っ黒な形のわからないものが近づいてきて、唸り声をあげた。もうだめだ。口からでまかせを言った。
「先ほどは、今年はいい年になりますようにと願いを聞き届けていただきありがとうございます。この神さまは神々しくありがたい神さまだと、せいぜい宣伝につとめます。ですからお見逃しください」
すると真っ黒い物は、納得したようでゆっくりと地下に戻っていった。後は静寂だけ。
あれは神さまなのだろうか?私にはなにか正体のわからない邪悪なものにしか見えなかった。
そして、その年はいい年になったかというと、いいこともあり悪いこともある、程々の年だった。
年始詣りってそんなもんじゃないか、と最近は思っている。
あ、そうだ!賽銭あげるの忘れてた。それか!