Columnカジシンエッセイ

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Column - 2006.06.08

第10回「蔵人ぐり」

もう、十五年も昔になるのかなぁ。
熊本城を中心にしたイヴェント「熊本城まつり」というのが開催されるのだが、その年に熊本城公園で、熊本県下の市町村の名産品フェアなるものをやっていた。地域の自慢の品を、その地域の業者や婦人会がやってきてテントの下に並べて即売する。
なんだか、東南アジアの市場を連想する風景だったような。

いろいろと見てまわった。そして、あるテントの下で、パックされたそれ……「蔵人ぐり」に出会ったのだ。
眺めていると、「食べて見らんね」とサンプルをお婆さんが出してくれた。口に入れると「うまい!」
栗の渋皮がついたまま、甘煮したものだ。
私は甘いものが嫌いだ。だが、栗は大好物。それは淡泊な甘さで、私的には全然OKであった。どれだけでも食べられる。
そのテントは球磨郡錦町の物産品を扱うテントだった。
買い求める。安いので四パック買った。パックの上部を紙でとめてあり、そこには稚拙な絵で武士が剣を持っているものが描かれ、「蔵人ぐり」とあった。
家に帰って食す。おいしい。
家族にも大好評で、もっと食べたいということになった。だが、そのときは熊本城まつりは終わっていた。
私も、もう一度食べたい。知り合いも「もうないのか?」
幸いにパック上部の紙が残っていたので、電話をした。
あのときのお婆さんが出た。事情を説明すると、「それは、それは」と喜んでくれた。
「大丈夫です。送ってあげますよ」
すぐに「蔵人ぐり」が送られてきた。
「これは形が崩れているから、サービス」というパックもある。なんだか嬉しくなってしまった。それから、毎年、九月になると注文するようになった。
電話で注文するとき、挨拶を交わす。「また今年もお願いします」と。
「今年は梨でジャムを作ってみたからサービス」とジャムが入っていたことも。
「なぜ蔵人ぐりって名なんですか?」
「ああ、錦町には『まるめくらんどのすけ』って強いお武士さんがいたから、つけたとですよ」
「はあ、どんな人でしょう」
「宮本武蔵に勝ったってよ」それはすごい。
栗を知人に分けてやる。その知人も感激して一緒に注文してくれと私に言う。
だんだん注文量が、増えていく。
「ああ、じゃ、栗を拾ってくるから、作って出すの明後日でヨカですかね?」
そう言われると、それでかまいませんと答える。なんだか、心穏やかになる。
人吉まで、仕事に行ったとき、発作的に錦町に足を伸ばしてみたくなった。あらためて、そのお婆さんに会いたくなったのだ。錦町に入り、散々探しまわって、そのお宅へ行くと、すごく喜んでくれた。
私も嬉しかった。話していると、どうも渋皮煮は、お婆さんが一人で作っているらしい。あの絶品の味、ぜひ伝えておいて欲しい。
ある年、台風が来た。
「ぜーんぶ、栗がやられてしもうたんで」
それが注文した最後の年か。
今年、ふと思いだして電話を入れた。
「久しぶりでしたねぇ」と喜んでくれた。「お変わりなかですか?」
今年はいいという。一番栗は良くないから九月中旬過ぎにと。
私は受話器を置いて、なんだか、心ときめくものを感じた。。

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