Column - 2006.06.08
第16回「水上村のぼた木小屋」
ほだ木とは、椎茸を栽培するための丸太のことである。
このほだ木に、椎茸の苗を「コマ打ち」して、椎茸を成長させる。
この「コマ打ち」前の丸太を保管する小屋がある。それが「ほだ木小屋」である。
隣村に住む老夫婦が、水上村の温泉の帰りに、その「ほだ木小屋」に通りかかった。
「おじいさん、覚えていますか?このほだ木小屋」
ほだ木とは、椎茸を栽培するための丸太のことである。このほだ木に、椎茸の苗を「コマ打ち」して、椎茸を成長させる。
この「コマ打ち」前の丸太を保管する小屋がある。それが「ほだ木小屋」である。
隣村に住む老夫婦が、水上村の温泉の帰りに、その「ほだ木小屋」に通りかかった。
「おじいさん、覚えていますか?このほだ木小屋」
おじいさんも忘れているはずがなかった。
「ああ、おぼえているよ。水上村にまだおばあさんがいた頃…。結婚する前だわなぁ。人目を忍んで会うデート・スポットがここいらにはなかったからなあ」
おばあさんは、ポッと顔を赤らめた。
「なつかしいわ。おじいさん。ほだ木小屋って昔とちがうのかしら?」
「さぁ、もう何十年も入っていないからなぁ」
「ねぇ、おじいさん。入ってみましょうよ」
おばあさんが突然、そんなことを言いだしたので、おじいさんは戸惑ってしまった。しかし断る理由が思いつかない。
「でも、小屋の持ち主に怒られないかねぇ」
「大丈夫ですよ。若い頃、使わせてもらったときも、誰にも何にも言われなかったし」
二人は、そういうことで、ほだ木小屋へ入ってみた。生木の臭いが、ぷんと鼻をつく。
通気をよくするため、小屋の上部に窓があり、そこから、外の光がかすかに入ってきている。
内部はたくさんの丸太がならべられていた。
「うわぁ、全然変わっていませんね。昔のままじゃないですか」
おばあさんは嬉しそうに、はしゃぎ声をあげた。おじいさんも、昔の記憶がぼんやりと蘇ってくる。
昔は、今のようにドライブインも喫茶店もカラオケもなかった。彼女と愛を囁きあおうとすれば、このほだ木小屋が唯一の逢いびき場所だったのだ。
おばあさんは目を潤ませておじいさんを見る。
「若い頃を思いだして、なんだか熱くなってきましたわ」
「おい、おい。もう、わしはトシだぞ」とおじいさんは、おばあさんの熱気に後ずさりする。
そのときだった。小屋の外で、人の気配がする。誰かが小屋の中に入って来ようとしているのだ。
「だ、誰かが入ってくるぞ。小屋の持主かな」
あわてて、老夫婦はほだ木の陰に隠れた。
「ほら、ここは、こんなに静かだ」
若者の声がした。若い男女が小屋の中に入ってきた。老夫婦は、息をひそめる。
おばあさんが、小さく、アッと言った。
「どうも聞きおぼえのある声と思ったら、孫の吉太郎ですよ」
外からさし込む光で、かすかに若者の顔が見えた。おじいさんは思う。まちがいないと。
「本当だ。吉太郎だ。何故こんなところに」
「血は争えませんからねぇ。おじいさんと同じように、ほだ木小屋で。他にいいところもあろうに」
「ど……どうする」
「私たち、出ていくわけにはいかないでしょ。隠れて見てるしかできませんよ」
若いカップルは、老夫婦には気がつかないようだった。だんだん熱いムードに盛りあがっていく。
「いいですよねぇ、若いってことは。羨ましいじゃありませんか。ねぇ、おじいさん」
おばあさんが、おじいさんの手を握ってきた。「吉太郎さん、大好きよ」
女の声がした。
「球磨子、ぼくも愛しているよ」
球磨子……球磨子……どこかで聞いたような……とおじいさんは思う。そこでハッと思いあたった。昔の彼女が産んだ子……その子を認知したときに付けられていた名前……たしか……球磨子だったのではないか。
若い女の顔が、外からの光で浮かんで見えた。昔の彼女そっくりの……。とすれば、あれは自分の娘……。
孫と娘が……。
「やはり、血は争えませんよねぇ」
おばあさんは、おじいさんの手を握りしめ声をうわずらせる。
「あ……ああ」
おじいさんは、そう答えながら気が遠くなりそうな自分と必死に闘っているのだった。
(了)
水上村出身の方の「昔は、ほだ木小屋が、デート場所だったたい」の一言をもとに、でっちあげたお話であります。あしからず。
(作者)