Column - 2006.09.04
第22回「エマノンのこと」
昔は、短編SFばかり書いていました。というのも、他にも仕事を持っていて執筆時間が限定されていたから、そうせざるを得なかったのです。早朝5時くらいから6時半まで毎日、3枚前後を書いて出社するという繰り返しです。仕事で夜が遅くなると、当然、翌日の執筆にも影響が出ます。そういうことで月に60枚くらいの執筆量でした。私もせっかちで移り気なので、月に1作生産で、翌月には、全く印象の異なる話を書きたくなるのです。
そんな執筆ペースの中で、あるとき思いついたのが、<地球に生命が発生して以来の記憶を全て受け継いでいく人>というアイデアです。それで書いたのが「おもいでエマノン」という50枚ほどの短編です。生まれた女性に世代の記憶が次々に積み増やされていきます。だから、40数億年分の原生動物だった世代からの進化の流れを全て体験し、記憶している女性という設定です。これは、書いていてかなり辛い設定だなと、感じてしまいました。エマノンという女性の名前は、ノーネームの逆さ綴りからとりました。
この作品はSFアドベンチャーという雑誌に掲載されましたが、編集さんからめちゃくちゃ気に入って頂いたのです。あんなキャラクターは、絶対読者の共感を得るから、シリーズになりませんか?と。
私は、おだてに弱い人間なので、いい気になって「ああ、いいですよ。やってみましょう」と安請け合いをしてしまいました。
それから、エマノンシリーズがスタートしたというわけです。
シリーズというとマンネリとすぐ連想してしまう自分がいるので、物語のフォーマットは、決めない、‥‥というより、毎回変えてしまおうとだけは決意しました。でも、第1作で描写したエマノンのイメージだけは踏襲していこうと。
長く伸びた黒髪。異国風の顔立ちで、少々そばかすあり。口には両切りのタバコを咥えている。洗いざらしのジーンズと粗編みの白っぽいセーターを身につけている。荷物は、でっかいE・Nのイニシャルのついたナップサックをひとつだけ。
評判が良かったので、その時期10作以上を書いたのかな。その作品は連作集「おもいでエマノン」「さすらいエマノン」となりました。それで、一応、私の中ではエマノンはピリオドを打ったつもりでいたのですが。
それから、10数年の時が流れて、21世紀に入ろうかという年に、またしても。
「エマノンの新作を書いてくださいませんか」
もう、何もエマノンに関してはアイデアはありませんとお断りしましたが、結局、おだてられて木に登って‥‥エマノンの新作を書いてしまいました。その作品が星雲賞を頂き、いい気になって「かりそめエマノン」「まろうどエマノン」という中編を出してしまうことに。
さて、エマノンの縁は、まだ続きます。
最近のイラストは、鶴田謙二さんが描いておられます。この方、エマノンにすごい惚れ込んで頂き、とても魅力的に描いて頂くのです。
そんな鶴田さんの画で、9月にエマノンがコミック化されます。コミック雑誌「RYU」(徳間書店)に掲載予定です。
そして、そして、またしても「エマノン」を私自身が書いてしまうことに。
梅雨半ばのこと。異形コレクションの編集から依頼。今度のアンソロジー「進化論」(光文社文庫)にエマノン新作を書いてくださいと。書いちゃいました。もうアイデアはないと思っていたのに。まだエマノンと縁は切れそうにありません。