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Column - 2021.05.01

第198回 母の日のできごと

 小学校の帰りに、初めて花屋の前で鈴佳は意識した。母の日にはカーネーションを贈るのがならわしだということを。
 いや、それよりも五月の第二日曜日が母の日になると意識していなかった。学校で、もうすぐ母の日だからお母さんに感謝の気持を伝えるための作文を書こう、と先生からお題を出されて、仕方なく心にも思っていないことを書き連ねて提出したことは覚えている。それがいつのことだったかは忘れてしまっている。
「お母さまに日頃のありがとうの気持ちとして赤いカーネーションを贈りましょう。贈れない人は白いカーネーションを飾りましょう」とポスターにある。それがどういう意味なのかは鈴佳にもわかった。
 私は白いカーネーションなんだ。お母さんは亡くなってしまったから。
 去年の母の日は赤いカーネーションも買わなかった。母の日にカーネーションを贈る習慣があることは知っていたのに。カーネーションをプレゼントしてもお母さんは喜びはしないと、勝手に鈴佳は思っていた。
 初めて鈴佳は母の日にカーネーションを買った。
 白いカーネーション。
 鈴佳にとって安い買い物ではない。一本百五十円だった。ペットボトルのミルクティが買える値段だな、と思う。
 二〇世紀初頭、母の日の創設者であるアンナ・ジャーヴィスが自分の母親の追悼式で母親の大好きだった白いカーネーションを参列者の一人づつに手渡したという。それから、母親を偲ぶとき白いカーネーションを供えるようになったのよ。そう花屋のお姉さんは、鈴佳に教えてくれた。
 白いカーネーションを手に家に帰り着くまで、鈴佳は自然と涙が溢れてきて止めることができなかった。
 大事なものは、失ってしまってから何が大事だったのかに気づくものだ。
 それは鈴佳にとっては、お母さんだった。
 お母さんが元気なときには、わがままばかり言っていた。お母さん、欲しい物があるから買って。お母さん、これ作って。お母さん、暗いからついてきて。
 いつもそうだった。それが鈴佳にとって当然の毎日だった。お母さんはいつもそばにいるものと思いこんでいたから。いつも自分がしてほしいことを母親に無理強いし、母親から鈴佳への頼みごとは、そんなこと頼まないで!と無視していた。そんな日々が突然断ち切られた。
 あの日の朝も鈴佳はわがままだった。お母さんに郵便局での用事を頼まれた。それをつれなく断った。
「めんどうだし、いそがしいもん」
 お母さんは郵便局に行った帰りに事故にあったことを知った。
 帰ると鈴佳は仏壇の花瓶に白いカーネーションを挿した。それから長い時間手を合わせた。お母さん、ごめんなさい。とても会いたい。もしも会えたら言うこと何でも聞く。いい子にする。
 手を合わせていると小六の姉の芳美が「あっ、白いカーネーションだ。ちょうどよかった」
 止める間もなく芳美は花を花瓶から抜くと自分の部屋に持っていった。あわてて鈴佳は姉の後を追った。「姉さん。何するの。それは……」
「宿題!宿題!理科の実験の宿題を出さなきゃならないの」
「カーネーションで何の実験をするの?」
「維管束について。植物には維管束というのがあって、それは養分や水の通り道なんだって」
「どうしてカーネーションで実験するの?」
「教科書にこの実験は白のカーネーションがオススメって。維管束には道管と師管があるのよ。今日は道管の実験」
 芳美が花をガラスの一輪挿しに入れると、白のカーネーションの花びらが外側からピンクに染まっていく。
「食紅を濃く溶かした水に花を入れると、維管束の中を食紅が上がって花が紅くなるのよ」
 鈴佳は驚き姉に叫ぶ。「これは母の日のカーネーション。お母さんのいない子は白いカーネーション。大事なカーネーションだったのに」芳美も、母の日の白いカーネーションとは知らなかった。
「ごめん、鈴佳」
 わっと大声で鈴佳は泣き伏す。ごめんなさい、お母さん!
 白いカーネーションはピンクになった。それどころではなく真っ赤な色に。もはや真紅だった。お母さん、ごめんなさい。私がわがままだったから!
 家にはこのとき誰もいない筈だった。
 姉の芳美の部屋のドアの向こうで声がした。
「芳美、鈴佳、大丈夫よ。あなたたちのこといつも見てるから仲良くね。鈴佳、もう自分を責めないで」
 二人はドアを振り返る「お母さん?」もう誰の気配もない。白のカーネーションが赤く変化したから、一瞬だけお母さんは帰ってきてくれた?
「見て!」と芳美が指差した。その指の先の維管束実験のカーネーションは、今は純白に戻り凛としてそこにあった。
 まるで元気な頃の母親のように。
 鈴佳と芳美は無意識に手を取り合い、ドアの向こうにつぶやくようにもらす。「ありがとう。お母さん」

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