Columnカジシンエッセイ

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Column - 2021.11.01

第205回 老人とマイタケ

 ショート・ショートの締切が近づくと産みの苦しみがやってくる。ああでもないこうでもないと話をひねり出す。だが、なかなか思い浮かばない。掲載時期も考える。秋かあ。キノコの時期かあ。
 私はキノコ採りが大好きだ。
 そうだ、キノコ採りの話にしよう。

〈私はキノコ採りが趣味だ。山に入り美味しいキノコを求めてさまよい歩く。しかし、季節は秋の短い時期に限られる。ナメコ、ムキタケ、ハナイグチ、アミタケ。キノコ採りが好きすぎて、飛行機に乗って長野まで松茸を採りに行ったほどだ。だから、食用キノコはほとんど自分の目で見つけ出し、自分の手で採った。
 ただ一種類だけを除いて。
 それはマイタケだ。スーパーの店頭にシイタケやエノキとともにならんでいる、あれ。
 なぜ、マイタケと呼ばれているかというと、山中で見つけたときにあまりの嬉しさに踊りを舞うほど。だから、マイタケ。それほど貴重なキノコなのだ。
 これまで縁がなかった。深山のミズナラの樹に限られた期間だけ発生するという。そのうち偶然に見つかるさ、と自分に言い聞かせて四十年近く経ってしまったが、未だに出会えていない。マイタケを採ったという人の話も聞いた。「市販のマイタケとは全く違うよ。香りも凄いし、味も濃い。歯応え抜群。キノコの女王だね」そこまで聞かされたら、いつかは出会いたいものだ。そう願いつつどれだけの時が経過したか。いや、マイタケと接近遭遇したことはある。十数年前、九州脊梁の山中でキノコ狩りをしていると老夫婦に声をかけられた。「キノコにくわしいんですか?このキノコ食べれますかね」掌サイズのキノコは何と…マイタケだった。「ど、どこで採られました?」「そのあたりですが」これは毒キノコです。すぐにお捨てなさい。と喉まで出かかった。そかし、「これは美味しいマイタケです。よかったですね!」何と悔しかったことか。老夫婦にはビギナーズラックの女神が微笑んだのだろう。なのに、なぜ、私には採れない。いろんな情報がそれこそ山のように私のところへ飛び込んできた。五家荘の雁俣山で採った、とか馬子岳登山道に老菌があった、とか。すべての情報に足を運び検証したが、私がマイタケと出会うことはなかった。神が私を弄んでいるのか?嘲笑したいのか?
 いつかのこと。山でクリタケの大群生を発見して喜々と採る。そこへ通りかかったキノコ籠の人、うらやましそうだったので、「マグレで採れました」と得意げに言った。とその人はキノコ籠を突き出した。「私もほどほど採れましたからいいですよ」その籠を見ると溢れんばかりの天然マイタケがのぞいていた。へなへなと腰が抜けかけたのだった。もちろん、マイタケにはその後も出会えない。
 そして今年も秋になった。やはりマイタケには縁がないのだろうか?いや、期待しすぎるから失望も大きいのだ。無心にひたすら好きなキノコ採りを続けるのだ。
 そして、その日も山へ入った。
 今日は、どのルートを選ぼうか。ハナイグチ狙いの松林なら直進だが。右手の斜面に入ってみるか。そう判断したのは、足を踏み入れていない斜面には、ひょっとしたらマイタケがある可能性を捨てられなかったからだ。そして、斜面を登り始めた。あまり歩かないルートだから踏み分けもはっきりしない。倒木を跨ぎ、岩場を足を踏み外さぬように細心の注意を払った。樹々もブナやミズナラが目立ち始めた。そして崖沿いの杣道。そこで、腰に吊るしたキノコ籠のロープがとれた。あっ、と声を上げたがキノコ籠は宙をくるくると舞い奈落のような谷底へ落ちていった。どうしよう、と一瞬迷うが、谷底も見えない。籠を探しようもない。なあに、獲物は担いで戻ればいいさ。ひたすら斜面をよじ登る。枝にしがみつき、足を伸ばして。何度も息が切れた。登山道ではない、ほぼ原生林だ。もう二度とこの場所は探せないな、と思い正面を見た。奇跡が起こった。ミズナラの巨木の根本の膨らみは……!目を疑う。間違いない。あれほど夢見たマイタケが!
 見つけた。
 近づいて目をこする。でかい。四キロほどもあるが天然物のマイタケだ。香りが凄い。あれほど夢に見たものが目の前に。神は我を見離さなかった。ナイフで切る。マイタケはずっしりとあった。だが、キノコ籠はない!崖から落してしまったから。両手で抱えて帰ろう。嬉しさに、その場で踊りだしたほどだ。帰ったら、天ぷらか、汁物か、塩焼きもいい。マイタケご飯も。両手で抱え込み下ろうとすると身体のバランスがくずれ、マイタケを岩にぶつける。パラパラと崩れる。足をすくわれ、倒れるとマイタケの塊が割れる音がする。樹々に身体を弾かれた。マイタケの破片が飛び散る。どれくらい時が経ったか。登山口まで下りてきて見た。あれだけ必死に持ち帰ったはずのマイタケが…。崩れ落ち、手の中にはマイタケの破片がかろうじて。「こんなにでかいマイタケ採ったんだ」と皆に話しても、憐れむような視線が集まるだけだ。やはり、マイタケには縁がなかったのか……〉

 できたぁ!今月のショート・ショート。主人公の悲哀が伝わってくる傑作ではないか。そう思い編集部に胸を張って持ち込んだ。ところが……。
「残念ですが、ダメですね。これはカジキマグロをマイタケに替えただけのヘミングウェイ〈老人と海〉の盗作としか言われませんよ。もっと練ってください。没です。」
 だあああーっ!そんなぁ。

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