Column - 2022.05.01
第211回 時空果つるところ
人類が宇宙の果てへ果てへと進出を続ける未来。今日も未踏の天体を目指して宇宙船は飛び続ける。乗務員たちは次はどんな星を探検することになるのか、胸をはずませていた。
もちろん大半は生物の気配すらない何の役にも立たない星だったりするのだが、それでもこれまでいろいろな惑星を体験していた。未知のエネルギー体が活動する惑星だったり、誰が作ったのかわからないロボットで溢れた無人の惑星もあった。かつて地球を闊歩していたに違いない恐竜だらけの星には驚かされた。これまで、どれだけの星を探索してきたか乗員の誰もが思い出せなくなるほど数多くの星を渡ってきたということになる。いや、いつから、この宇宙船は航宙を続けているのか、思い出そうとするものすらいるのかどうか?
これだけは言える。
彼らの興味は、これから彼らが赴く星々にどのような危険が潜み誰が住んでいるか、だ。
人類が誰も足を踏み入れていない辺境を、宇宙船は飛行を続ける。
どんな危険が待ち受けていようと、明晰な頭脳と優れた判断力や決断力を持った船長と勇猛果敢な乗員たちに、不可能な探検などありはしないのだった。
だが、いつも無事に未知の星の探検が続くわけではない。危機また危機の凶暴な戦闘エイリアンの星を、命からがら逃げだしたのは最近のことだ。知能は高いが友好性皆無のエイリアンなぞかまっている暇はない。逃げるにしかずだ!そして新たな宙域を彼らは今、進んでいた。人類がまだ手を触れたことがない空間を。
今は前回の息を詰まらせるほど危ない探検のことは忘れかけていた。そして、自分たちにとって一番苦手なのは、危険な戦闘ではなく航宙で何も起こらない“退屈“であることもわかっていた。
そろそろ次の未知の星が現れてくれるはずだ。
船長室で声が響いた。「星だ!未知の星が現れた!」
宇宙船内が興奮に湧き立った。その星域に未知の星の存在など予測されていなかったからだ。スペクトル簡易探査で星の分析結果が知らされた。いくつも数値を読み取らなくても船内が湧くに十分な理由が備わっていた。
「船長。地球そっくりの大気成分の星だそうです。気象条件も炭素系生命体の生存環境ということです」
「生態系の状況ですが、植物、動物ともに我々の母なる星、地球とほとんど同じだというデータが出ています。これは奇跡かと」
そうだ。これまで訪れた星々の中には地球と似通った星はいくつもあった。酸素があったり、重力も近かったり。しかし、これほど地球そっくりの星はなかったような。
船長はすぐに命令を出した。「着陸」
どこまで地球に酷似しているのかも十分に調査の対象となると思われた。なぜ、このような星が存在するのか。そして、何より驚いたのは、人間がいたこと!服を着て住宅に住んでいる。地球人と変わらない。しかし何もわからない。人種もさまざま。住まいのカタチも、時代も国籍もばらばらだった。黒人も白人も日本人も。話しかけてみる。「もしもし、言葉わかりますか?」
返ってきたのは「あじゃぱー」「ええっ?何ですって?「おっぱっぴー」「なんでだろー」まったく会話にならない。「もしもし」「ガチョーン。倍返しだ!」
乗組員の一人が船長に報告した。「今、彼らが何を話しているのかわかりました。彼らはかつて地球で流行した言葉を話しています。英語、日本語、全ての言葉で」「なぜだ?」「はい。分析結果から人工知能が結論を導き出しました。この星は地球で流行したなれの果てのミームの具現化する星のようです」
「もっとわかりやすく言ってくれ」
「はい。地球で人が文化を形成する情報をミームと言います。そのミームは進化し、衰退もします。これはリチャード・ドーキンスが『利己的な遺伝子』の中で初めて登場させた概念です。衰退したミームは地上では使われなくなるのですが、時空を超えてここのような宇宙の果てで具現化現象を起こしているのではないかと思われます。だから、この星では滅んだミームを残すためだけに、さまざまな人種やさまざまな時代が再現されているようなのです。ミームを保存するアーカイブのような星が生まれてしまっているのですね」
「そうか。人は意味を失ったミームに操られるためだけに存在を許されているだけなのか。なぜ、このような星が生まれるのか?これだけは確かだ。これ以上この星にいても収穫は何もないだろう。この星を出発して、新たな星を目指そう」
「わかりました。それがいいと思います」
再び彼らは宇宙船に乗り込んで出発しようとした。しかし、何ということか。宇宙船はその星から動けなくなってしまった。主機関もまったく機動しない。燃料はまだ十分あるというのに。
「どうした!なぜ、出発できない?原因はなんだ?」
「わかりません。宇宙船にはまったく異常はないのですが。しかし、このままならこの星に釘づけに……。人工知能が何か言ってます。何ということだ。ーこんな異星探索の冒険を続ける宇宙船なんて古臭すぎる。誰も、こんな宇宙探検の小説なぞ読みはしない。お前たちの存在が時代遅れのミームと化していることに自分で気づいていないとはーどうも我々の宇宙船は滅んだミームになってしまったようです。ここはミームの墓場なのですよ」