Column - 2022.11.01
第217回 ゼロ博士の因果
さて、この星は危機に瀕していた。ある時期から突然平均気温が下がり始めたのだ。恒星つまり太陽が徐々に活動を鈍らせてるからだ。原因はわからないが、このままだと寒冷化が進みすべての生命がこの星から消え去ってしまうと予測された。この危機から人々を救うにはどうすればいいのか?宇宙に脱出させるべきなのか?しかし、すべての生命を宇宙に脱出させるのは不可能だった。宇宙船は有限だ。乗船できる人数も限られている。しかも、宇宙に脱出できたとしても近隣に移住できる天体は見当たらず、近いうちにこの星の住人は絶滅するに違いなかった。だから解決策は一つ。太陽を蘇生させることだった。この星には天才的頭脳を持った科学者、ゼロ博士がいた。彼はこの星の全生命を救うべく研究を続けていた。彼は太陽を蘇生させることができるある可能性にたどり着き、その計画を実行しようとしていた。太陽人工無限連鎖反応計画だ。その理論では、この計画を実行に移せば太陽は衰弱することなく永久に安定的活動を続けていくというものだった。
計画はこうだ。太陽の中心部に無限核反応誘導ゼロ式弾を打ち込む。すると、弾は太陽を安定化させ限りなく活性化させ続ける。これで人々どころか、星系のすべての生命を救うことができるはずだった。
それはゼロ博士が幼い頃から努力を重ね続けてきた研究の成果だった。
自分の永年の研究が結実し、まさかこのようなかたちでこの惑星の生命を救うことになろうとは考えてもいなかった。なんと素晴らしいことか。
この星の人々はその計画に熱狂し、絶望から奇蹟を与えてくれたゼロ博士を称賛した。
そしていよいよ人々が見守る中、無限核反応誘導ゼロ式弾ミサイルを太陽に打ち込む日がやってきた。
「発射!!!」
弾が打ち込まれたと同時に、太陽内部でその弾の効果を発揮するはずなのだ。ミサイルは紅蓮の炎を噴きながら、宙へと舞い上がり太陽を目指し飛翔を開始した。確実に太陽を目指す軌道にいる。太陽に到着するまでに長い時間がかかる。到着してもその弾は溶解することなく太陽の中心部に届き、無限核反応を引き出せるだろうか?
果たして!なんと見事、太陽に命中しその内部へと到達したことが、ミサイルからゼロ博士の機器に知らされた。
「やったぞ」歓声が地上で谺した。ゼロ博士は無限核反応誘導機のメインスイッチを入れ起動させた。
これで、太陽はかつての安定的輝きを取り戻してくれる……筈だった。だが残念なことに歓声は次の瞬間、絶叫と悲鳴に変わった。太陽が光炎(フレア)を伸ばしたのだった。太陽がスーパーノバ化したのだ。数分後に太陽から核爆弾化したかのような熱と炎が惑星に届くのは明白だった。そうなれば瞬時にこの惑星は灼きつくされてしまうだろう。その事実を知りつつゼロ博士の心にさまざまな思いが去来するのだった。
なんと虚しい。私はすべての生命を守ろうと自分の生涯を研究に捧げてきた。ところが、その努力や苦労や研究は何の役にも立たなかった。ひょっとして私という存在がなければこれほどまでにひどい災害を招かなかったのではなかろうか。私、ゼロ博士こそが最悪の元凶だったか、。
超新星化した太陽の光炎は、ついにその星系の隅から隅まで拡がっていった。ゼロ博士の科学ゆえの最悪の核融合は拡散を続け、その凄まじい光はかつてないもので宇宙の彼方まで届くほどだった。
そして二百年後。二百光年離れた宇宙の果てにある惑星“地球“の片隅で、年老いた母親がベッドに横たわっていた。娘が母親に言う。
「お母さん、ちゃんと食べて栄養をとれば心配いらないってお医者さんも言ってたよ。どうして食べてくれないの?」
「もう十分長生きしたからね。あの星を見てごらん。あれはお父さんの星だと母さん思んだよ。いつも私に早くおいでって言ってるみたいでね」
「そんなことないわ。なに言ってるの。さあ、この粥を食べて」
娘は匙を母親の口に近づけた。母親は口を開けない。
「父さんは母さんが元気でいてほしいって思ってるわ。母さんがんばれって!」
「そんなことない。母さんは疲れたよ。父さんは優しく瞬いて待っていてくれる。早くおいでって。がんばれって言うなら父さんはもっと早くから母さんに知らせてくれる筈だよ」
「きっと、もうすぐ知らせてくれる。だから母さん、頑張るのよ」と娘が言った瞬間だった。
「あっ、父さんの星!」
二人が同時に叫ぶ。夜空の彼方が激しく光る。まるで父親があの世から母親を叱るように。それは…実は二百年前の星系の消滅の光なのだが。
その光を見て「父さんもはげましてるじゃない」と娘。母親も大きく頷く。
「もっと頑張れってことなのね。父さんから叱られたみたい」と母親は神妙に呟いた。「こんな奇蹟があるのねぇ!」
娘は高みにいる存在に感謝した。おかげで、母親が生きる意欲を少しだけ取り戻したようだ。
ゼロ博士の絶望的な悲劇が、実は宇宙の果では小さな奇蹟を生んだ。知らないところで何が幸福の種となるか、誰にもわからない。
宇宙はそんな不確定の小さな積み重ねで、できている。