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Column - 2022.12.01

第218回 驚けセリヌンティウス

 セリヌンティウスは驚愕した。1日の仕事を終え、帰宅して翌日の石工の段取りを考えていると戸を叩く音がする。外に出てみると兵たちがずらりと家を取り囲んでいる。いったい何事かよ。問いかけても兵は何も答えず王城に連行された。
 そして、残虐王として名高い暴君ディオニスの前に引き立てられた。この時点ですべての望みを断たれた気がする。思考が停止し、ゲシュタルト崩壊を起こしてしまったようだ。王の前にもう一人、男がいる。会ったことがあるような無いような。認知能力がほぼゼロだ。男はメロスと名乗っている。メロスという男のいうことを聞いていると、自分はメロスの代わりに人質になるらしいことがわかってきた。なぜ人質にならなければならないのか?メロスが「頼むよ!セリヌンティウス!私を信じてくれ」そうだ。メロスは思い込みの強い知り合いだ。しかも直情径行でおっちょこちょいだ。なんの因果で彼は自分の名を出したというのか。それからさらにゲシュタルト崩壊がひどくなり、セリヌンティウスの記憶は欠落してしまった。後で聞いて知ったことだが、メロスは王を怒らせて死刑を宣告されたのだそうだ。メロスの妹が結婚するので猶予をと厚かましくも王に頼み込んだという。メロスがメロスなら王も王だ。セリヌンティウスを人質にとる。もしメロスが帰ってこないと彼を打首にするぞと。メロスは必ず三日後に帰ると約束したらしい。セリヌンティウスはその記憶もすっぽり欠落していた。精神崩壊の中でメロスに身体を揺さぶられて、何度も頷いたのだという。それから兵たちに連れられて待機場所へと案内された。セリヌンティウスが我を取り戻すと、そこは鉄格子の中ではないか。
 やはり人質は罪人扱いかと肩を落とした。猶予は三日間。メロスが急いで村へ帰り、急いで妹に結婚式を挙げさせ、疾風のような速さで帰ってくれば往復二日もかからない。十里ほどしかメロスの村まで離れていないのだから。牢獄で待つ身としてはメロスを信じるしかないのではないか。果報は寝て待てというではないか。そうだ、寝よう。肝の決ったセリヌンティウスは横になり目を閉じた。
 はっと目を覚ますと外は雨の音がする。牢番に尋ねると、なんと三日目なのだという。メロスはまだ帰ってきていない。恐怖で膝ががくがく震える。黙って村に帰っていればいいものをわざわざ王に文句を言いにいくなぞ、狂気の沙汰だ。あいつはその場の雰囲気に流されやすいからな。きっと妹の結婚式ではしゃいで放心して、すべてを忘れて寝込んでいるのではないか。あいつならありえる。だからまだ帰ってこないのだ。どうすればいい。考えろ!考えるんだ!
「王に会わせてくれ!」セリヌンティウスは牢番に言った。
「私はメロスが事故に遭ってると思います。友人として彼を救いに行きます。彼を救ったら三日以内に戻ってきます。そのための人質としてホメーロスを置いてきます。三日以内に帰ってこないときはホメーロスの首を刎ねてください。メロスの頼みを聞いたのですから、同条件の私の頼みをディオニス王は聞かないわけにはいかないでしょう。公平をお示しください」「それもそうだな」と王は納得した。ホメーロスはセリヌンティウスに借金をしていたために、三日後必ず帰ってくるから人質にという依頼を断れなかった。ホメーロスは「オデッセイア」を執筆中だったから、動きまわることもなかったのだ。
 それからしばらく後に、ホメーロスは恐ろしい真実にたどりついた。このままでは自分の首が刎ねられてしまう。慌ててホメーロスはディオニス王に面会を願いでた。
「王よ。私はセリヌンティウスを探して必ず期日までに戻ってきます。代わりに竹馬の友イリアスを置いていきます。お断りになってはいけない。同条件の人質ゆえに」
 ホメーロスは呆れて言葉も出ないイリアスを人質に置いて、やっこら城外へと逃げ出した。とにかく一刻も早くセリヌンティウスを探し出さねばならない。そして城に連れ戻すしか、自分の命が助かる道はない。セリヌンティウスは、どこをうろついているものか。そうだ、メロスの帰りを待っているのなら、メロスの村の方角だろう。
 そうあたりをつけて、村はずれまでやってきたとき、夕陽に人影がある。間違いない。セリヌンティウスではないか。おや、誰かと一緒だ。駆け寄ると、やはりセリヌンティウス。彼は男の腕を掴んでいた。「彼が騒ぎの原因、メロスだ。戻ったから一緒に王城へ行くところだ」「いろんな人に迷惑をかけたようで、すまん」とメロスは頭を下げた。
 すると城の方から男が走ってくる。ホメーロスはびっくり。「イリアス、なんでここに」その背後からもいろんな人が走ってくる。「あっ、ヘレニウスも。皆それぞれ伝手で知り合いを身代わりにしたのか!じゃあ、皆で城にいこう」今や団体で王城へ乗り込むことになった。一同は城内で叫ぶ。「メロス一同、帰ってきたぞ。身代わりを解放しろ」だが、身代わりが誰なのかよくわからない。王座の前に広場に見すぼらしい男が。「彼が身代わりか」
 身代わりを見て一同は絶句した。それはディオニス王だった。「まさか!」「いや、私は孤独だった。しかし、私を頼って人質になってくれと言う者が現れた。ハレホレウスだ。そして私はその者を信じた。そして私を救うためにハレホレウスは戻ってきてくれた。人を信じることを教えてくれた皆に褒美をつかわすぞ!」
 セリヌンティウスは、顎を外すほど驚いた。


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