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Column - 2023.06.01

第224回 名前に迷う

私は独身だ。結婚する気満々なのだが、なかなか縁に恵まれない。その理由を自分なりに考えてみたりもするのだが、一つはメンクイだというのもある気がする。メンクイというのは美人好きということ。美人でないと、心がときめかないから。それも私のフィーリングに合わないと駄目だ。私にも容貌の好みがある。美人がいると聞き、見に行っても、美人は美人なのだが、私の好みではないと思うことはよくあること。でも、いつかは私の好みドンピシャの女性に巡り会えるだろうと信じている。しかし、街で私の好みぴったりという人に偶然出会っても、すでに決まった相手がいる人だったり、ということもあるのだが。
そんなときは、次の出会いを求めるしかない。いつの日か、自分のタイプぴったりが現れると信じて。
そんな私のところにも奇特な方から見合いの話があった。
「三人姉妹の長女さんなんだが、とんでもない美人にも関わらず、まだ結婚が決まらない。二人の妹さんたちはさっさと結婚されたそうなのだが、二人の妹さんたちより、この方は凄い美人なんだ」
私は眉に唾をつけたくなった。とてもいい女性!あなたにピッタリ。そう言われる女性に限ってこれまでも幾度となく裏切られてきたからだ。
「そりゃあ、本当ですか?」と疑いの目で尋ね返すと、一枚の写真を見せられた。三人の女性が写っていた。三人とも美人だが、一人が際立って美しい。スタイルも抜群。私の好みの女性だ。「これは‥‥」「今、話した姉妹の写真です。好みの女性はいる?」私は目が釘付けになった美人の女性を指差した。
「そう。その女性が噂の長女さん。見合いのお相手です。どうします。お見合い?」
やります!と即答したが、なぜ、こんな美人のお姉さんが今まで独身だったのか?何か特殊な事情がありそうな。
そして、お見合いの当日。向こうは乗り気ではなかったらしく、結果的に何の予備知識もないまま、私と二人っきりで会うというのが条件となった。彼女も結婚を嫌がっているのではないようだが、何か思うところがあるらしい。それは何なのだろう。
その日、約束の場所に現れた彼女に驚いた。写真で見た彼女よりも数段美人ではないか。私は、はやる心を抑えた。そういえば、お互い名前を告げていなかった。とりあえず挨拶しなくては。
「はじめまして、吉田と申します。妹さんたちと三人で写真に写っておられるのを拝見しました」そう言うと、彼女は頷いた。
「あの写真ですね。上の妹は三月末の生まれで“桜“と言います。下の妹が十月生まれで“菊“と言います。私も名乗らなければいけませんか?」
「お願いします。教えてください」
すると「彼女は紙をペンを取り出しペンで書いた。
「これが私の名前です」
紙に達筆な字で“躑躅“と書いてある。
まじまじと、その字を眺める、読めない。おろおろと迷う。思い切って言ってみた。
「ど‥“どくろ“さん?」
「ちがいます」しまったと舌打ちしたくなった。どくろなんて名前をつけられたら私でも人に言いたくない。じゃあ、何という名前だろう。ああ、軽蔑されても仕方がないな。
「あ、すいません。“とかげ“さんと読めばいいんですかね?」
彼女は小さなため息をついた。そして眉を寄せて絶望的な表情になった。僕に言った。
「両親が子供が生まれたときに咲いていた花の名をつけたがったんです。だから三月末生まれの妹は桜、十月生まれの妹は菊。そして私は五月生まれだったのでこんな漢字の花の名を。だから私の名をちゃんと読める人と結婚しようと。だけど、誰も私の名をすぐ読めなかった」
そこで、やっとわかった。
「つつじさんというんですね」
彼女はこっくり頷いた。「なんで、両親は仮名の名前をつけなかったのでしょう」
「つつじさん。いい名ではありませんか!私の好きな花です。私と結婚しましょう」
すると、彼女はペンと紙を私に渡して言った。
「では、私の名前を正確に書いてください。私は心に決めていました。私の夫になる人は私の名を間違えずに書ける人だと」
ペンを握ったものの頭の中は真っ白だ。もちろんさっき彼女が書いた漢字の名前は、彼女が隠してしまった。ぼんやり浮かぶ気もするのだが。書けない。悔しい。そこで紙に書いたのは私の名前だ。
「吉田鶺鴒」
彼女は、驚き後づさった。
「何ですか?その文字は」
「公平にしましょう。これが私の本名です。名前を読んでください」と私が言うと彼女は緊張して声を震わせる。「よ、読めません」
「私も同じ悩みを抱えているのです。変な名でしょう。ヨシダセキレイというのです。でも、私はわかりました。あなたこそ、誰も名を読めない私の名前の苦しさを理解できる人だと。私と結婚してください。躑躅さん!」彼女は感動し私に共感していた。
「わかりました。鶺鴒さん。お受けします」
私は彼女と手を握り合い将来を誓いあった。

そして、私と彼女は役所の住民課に婚姻届を出しにきたのだが、証人も直筆でなくてはならない。証人を頼んだのは当然、私に彼女を紹介してくれた奇特な人だ。ただし彼の名も珍しく、本当にこの名の人がいたとは驚きである。その名とは‥
「寿限無、寿限無、五劫の擦り切れ、海砂利水魚の水行末雲来末風来末、‥‥」窓口でまだ書いている。

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