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Column - 2023.07.01

第225回 憑くもの

高校の二年上の先輩の話だ。実は在学中にはあまり話をしたことはなかったが、生徒数が少ない学校なので先輩の名前は知っていた。先輩はがっちりした体つきだった。校内で柔道着でいるのをよく見かけた。柔道部員だったという記憶だ。仮にU先輩ということにしておく。
私はというと、部活は文芸部で、暇があればひたすら本を読んでいた。読んでいたのは文学作品などではなく、SFやミステリー、そしてホラー。他にもよく怪奇現象ものを読んだりしていた。それが周囲には奇異に映ったらしく、オカルト野郎というニックネームまで頂いたほどだ。だから体育会系のU先輩と私は高校時代何の接点もなく過ごしていたわけだ。そして、一生ずっと、U先輩とは言葉も交わさないままだったかもしれない。
そのU先輩から突然連絡が来た。会いたいとのこと。何故?にと思うが誰かが私の名前を口にしたとのこと。U先輩の言葉に切迫詰まったものがあり、断ってはいけない気がした。「いいですよ」と答え、会うことになった。
再会したU先輩は相変わらずデカく、迫力に満ちていた。だが心なしか顔色が蒼い。何があったのだろうか?「急に私なんぞにどんな用なんですか?」と尋ねる。「どうすればいいか、方法を教えてくれよ」とU先輩は話し始めた。「やたらの人間に相談してもまともに話を聞いてくれないと思ったんだ。で、そっち系の本をよく読んでるのがいるから、と友人に紹介してもらった。
実は数日前に俺も友人から相談を受けたんだ。それが変な相談でな。助けてくれと訪ねてきた。どうした?と尋ねると、何かわかんないものに憑かれちゃった!というんだ。わかんないものって何だよ。外からは何も見えないぞ。気のせいじゃないのか?すると友人が、何かうまく言えないけれど、見知らんお宮があって、お詣りしたら、急にどーんと来たんだ。そいつが憑いたまんま離れない。わけわからないから、離れろ!離れろ!って念じたり叫んだりしたんだけれど、全く効果なし。で、疲れてしまって途方に暮れてお前に相談に来たんだよ。どうしたらいいんよ。と、そいつが、あまりに情けない顔をする。こいつは何を言ってるんだ。自己暗示にかかっているんだな、と取り憑いていると信じている奴に向かって言ってやった。おい、こんなやつに取り憑いて可哀想じゃないか。こいつにじゃなくて俺に憑いてみりゃあ!
そいつの気がおさまればいいと思って言ってやったんだ。そしたら、次の瞬間、信じられないことが起こった
何かわけのわからないものが、“どーん“と俺にのしかかってきたんだ。
肩はすくむし、全身が重い感じになって、うまく動けなくなった。すると目の前の友人の表情が急に明るくなって、笑顔を浮かべて叫んだんだ“とれたあ!“ってね。両腕をあげて、すごい!相談してよかった!憑いてたのがいなくなった。あいつがいないとこんなに世の中が清々しくなるなんてねぇ。本当にありがとう。うまく話ができなくなった俺にお礼を言うと、友人は俺を残してさっさと帰ってしまった。残った俺が憑かれてしまったんだよ。どうすればいい?」
どうすればいいと言われても困る。U先輩に憑いているものが何か見えないし、わからない。本当に憑いているのかどうかもわからない。悪霊みたいなものだろうか?U先輩は苦しそうに呻くように続けた。
「やっと、ここまで喋れるようになったが、正体のわからないものは離れない。まだ、憑いているのがわかるんだ。相談するなら、お前しかいない、と皆が声を揃えたんだ。何とかしてくれ。除霊できるんか?」
もし、霊が憑いていたとすれば‥‥。どうアドバイスすればいいのか?
「あのう。除霊というのをやってもらっても、すぐにその霊は戻ってくると思うんですよ。だからお祓いや除霊ではダメ。浄霊のできる人を探して霊を消してもらったほうがいいと思います」
「そんな人はどこにいるんだ?」「わかりませんが‥‥」そう言うとU先輩は腕組みした。U先輩みたいに「ぼくに憑いてみろ!」と言えばいいのかもしれないが、危険だ。
「自分で探せと言うことだな。浄霊できる人を」うなづいた。「探してみるよ」
あれから何年経つのだろう。今日は高校の同窓会だ。ふと、そのU先輩のことを思い出していた。無事にU先輩は浄霊できる人を探し当てたのだろうか?そして元気に過ごしているのだろうか?そんな思いが去来していた。思い出すと後ろめたい気になる。と、何やらざわざわと気配が。
その方を見ると、忘れもしないU先輩だった。高級なブランド服で身を包み、U先輩は輝いていた。そして絶世の美女を従えていた。U先輩は私に目を止めたようで嬉しそうに近づいてきた。よかった。憑いていたものは浄霊できたのか!安堵する。
「憑きもの落ちたんですね。U先輩」するとU先輩は首を横に振る。
「いや、そのままだ。あれから最高の霊能力者とめぐり合って浄霊を頼んだ。それが彼女だ。すると彼女は言った。あなたに取り憑いているのは最高位の福の神ですよ。慣れないときは少々体が強張るかもしれませんが、最高の幸運をもたらしてくれます!私もあやかりたい!って言ってな。それからやることなすこと幸運の連続でなあ」美女はU先輩の奥さん、しかも霊能師とは。
あのとき、私も先輩を救うために「私に憑いてみろ」と口先まで出かかったが言えなかった。そんなものか、運命の分かれ道というのは。
美人妻に支えられ、私から笑顔で去るU先輩の背中が神々しく輝いて見えた。
溜息をついた。よほど私は幸運に縁がないようだ。

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