Column - 2013.10.01
第107回 今年も来るぞ、キノコの季節
昔からホラー時代劇に定番として登場するものに、「妖刀」という存在があります。妖気を帯びた魔剣のことで、村雨丸とかありますよね。八犬伝などに登場するやつです。他にもさまざまな力を持つ呪われた刀を描いた小説とかありますね。「妖刀人斬り丸」とかいったら、いかにもな刀のようですね。あまりに多くの人を斬り続けてきたか、あるいは呪われた刀鍛冶が作り上げたかわからないけれど、手に入れた侍が鞘から抜くと「水も滴る氷の刃」で、「血が欲しい~血が欲しい~」と啜り泣く。侍は魅入られたように夜毎に辻に立ち、罪なき人々を試し斬りする……といった話。
こうなると、悪いのはその呪われた力を持つ妖刀で、夜毎に人を斬り続ける侍は刀に操られているに過ぎない存在なのです。だから、人が刀を選ぶのではなく、刀が人を誘い寄せるというイメージかな。
なぜ、最初にそんなことから書き始めたかというと、梅雨時にちょっとした出会いがありまして。
出会いといっても人ではない。所用で人吉に泊まりがけで出かけました。用事は夕方だったのでそれまでの時間潰しに旅館を出て散歩に出かけました。あてもなく青井神社から人吉城址をまわり商店街へ。それから駅の近くへ戻るというルート。
そこで、鎌や包丁を売ってある店の前に来てしまいました。古い店構えでしたが、気になるものを感じて足を止めました。
そのとき、何を感じていたか。
そういえば去年キノコを採るときに悔しい思いをしたよなぁ。ふと、そんな記憶がよぎったのです。
ここで、誤解がないよう記しておきますが、私の趣味はキノコ採りです。おいしいキノコを求めて、どこまでも出かけます。世の中は金本位制で動いておりますが、私の頭の中はキノコ本位制で活動しているようなのです。だから、生活の中で行動を決めるときは、「それはキノコ採りに行く障害にならないか?」「キノコ採りの時期に仕事を入れていないか?」と考えながら決めていることが多い。山歩きのコースを提案するときも、「よりキノコに出会える可能性が高いコース」を選ぶことにしています。まぁ、年中キノコに恵まれるわけではないので、このように偏った判断は秋口になされることが多いですね。春先や、夏、冬にはあまりございません。
そんなキノコ本位制脳ですから、このときも、キノコに結びつけた思考をしていたわけです。昨年の五家荘の山中でのできごと。
キノコは土から生えていたり、倒木から姿を見せていたりというイメージが多いのですが、必ずしもそうではありません。立ち木から発生することもけっこうあるのです。
それもおいしいキノコ。ヌメリスギタケモドキとか、ムキタケ、ヒラタケ、ナメコ。
閃光のように記憶が蘇ります。五家荘の山中で這いずるようにして斜面を登ります。キノコがあるのは、登山道とは限らないのです。むしろ、人目が届かないような場所にひっそりと生えていたりするのです。
残念な思い出はナメコ。それがブナの立ち木に鈴なりに発生していたのです。ところが手を伸ばして届く高さは限られています。仲間と行っていれば肩車をし合ってでもできるのですが、一人だとなんともならない。ジャンプをしても届かないし、登れるような樹でもない。
それから半年、そのときの悔しさが頭から離れません。なんとか、あの手の届かなかったナメコたちを取る方法があるはずなのだが、と。あの採れなかったナメコたちはあれからどうなったのだろう。朽ち果てたのだろうなぁ。なんと口惜しい。
よもや、この店でにそんな道具があれば……。
中に入ると店内は人の気配なし。鎌や鋸や包丁専門のお店のようだが。
「何か、お探しですか?」とおじさんが出てきました。実は山でキノコを採るときに、高いところにあって届かないキノコを採りたくて、よさそうなのがないかなぁって探しにきました、と。
「作りましょうか」
ええーっ。おじさんは小さな刃を持ってきました。「これを、柄につける。山歩きの杖にもなるように、反対側には底に金具をつけましょう」
想像すると、なかなか良さそうだなぁ。なんと、この店は刃物鍛冶のお店だったのです。
注文して一週間すると我が家に、その特製のマイ・キノコ鎌が届きました。
細い柄なので杖になる。鎌の部分は鞘がつけられています。いかにも達人が使いそうな逸品でした。
鞘をそっと外してみると、研がれたばかりの鎌がギラギラと冷たく光っているのですよ。「キノコを採りたい。キノコを採りたい」と囁きかけてくるようです。まるで妖刀のように。
早く、このキノコ鎌に活躍してもらいたいと、胸をときめかせているわけです。あ、二度ほど試し斬りは済ませました。最初は、熊本城野鳥園の巨木に生えていたヤナギマツタケの群生。いい切れ味でした。
二度目は我が家の柿の木の高いところにへばりついていたヘクソカズラの蔓。こちらはマイ・キノコ鎌には不憫な使い方でしたが。しかし、恐ろしいほど切れました。
いよいよキノコの季節です。妖刀ならぬ妖キノコ鎌。充分に活躍していただきましょう。今年の収穫は30%増だ!