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Column - 2024.04.01

第234回 女神降臨

 よく百円ショップを利用する。必要なものができたときは、とりあえず飛び込むし、必要がなくても、暇なときは百円ショップに寄って時間潰しをする。掘り出し物もよく見つけたりする。小物を入れる缶ケースや、木の蓋のついたガラス容器。ちょっとしたサコッシュも。迷ったら、とりあえず買う。買っても後悔しないのが百円ショップのいいところかな。

 その日も別に欲しいものがあったわけではなく、ふらりと百円ショップに入ったのだった。そこで「伸びる靴ひも」なる変なアイテムを見つけた。一瞬迷ったものの、一応買っておこうとレジへ向かった。

 この日は客が少ない。だからかもしれないがレジは二つしか使われていなかった。今は、セルフレジも多いのだが、やはり人が対応してくれた方がいい。男性のレジと女性のレジがあったのだが、女性のレジを選んだ。別に理由はないのだが、やはり女性に対応してもらった方がソフトな感じがするというだけのこと。

 商品と代金を差し出したときだった。目の前のレジの女性の全身が白く輝いた。なにごとかと立ちすくむ。

 確か目の前にいたのはメガネをかけ事務用の前掛けを着た、どこにでもいるおばちゃんだったはずだ。しかし、今そこにいるのはなんともおごそかな、輝く白衣をまとった女性だった。あんぐりと口を開き、全身がフリーズしてしまった。いったい何が起こったのだ。

 白衣の女性はやさしく微笑んで言った。その声は慈愛に満ちていた。
「いつも百円ショップをご利用下さり、ありがとうございます」
「あなたは……?!」
「私は百円ショップの女神です。あなたがいつも百円ショップをご利用されているのがわかって、あまりの嬉しさに姿を現してしまいました。いつも、ありがとうございます」
「女神……なんであなたがレジにいるんですか?」
「はい。いま人手不足で募集してもなかなかバイト希望者が集まらないんですよ。その苦境を見かねて、私もレジを手伝っているんですけど」

 そうか。どこも人手不足とは聞いていたが女神が手伝わねばならないほどバイトは集まらないんだなあ。

「わかりました。女神さまも大変なんですね」
「ええ。お気遣いありがとうございます。私は、いつも百円ショップをご利用いただくあなたの姿を見て、何かお礼を差し上げなくてはと我慢できなくなりました。女神として、あなたの願いをかなえてあげたい。この百円ショップにあるものなら、なんでいいので欲しいものを願ってください。あなたに差し上げましょう」と女神は表情を輝かせながら言う。しかし、なんでも欲しいものと言っても、願うほどのものはない。どれも自分の小銭で買えるのだから。

 女神にニコニコしながら言われても困ってしまう。「いや、欲しいものができたら自分で買いますから」

 すると女神は両手で顔を覆い首を振った。
「なんという正直で欲のない人でしょう?こんなに無欲な人は初めてです」と買い被られてしまった。いや、欲しいものがないと言うわけではないのだが、切望しても手の届かないものが、百円ショップにはないというだけのことだ。もし湖の女神なら「あなたは正直ものです。湖に落とした斧でなく、金の斧も銀の斧もあげましょう」と言ってくれるところだ。そっちの方が金の斧と銀の斧を貴金属店に買い取ってもらえるから、いいかもしれないな、とぼんやり考えていたら、女神はとんでもないことを言い始めた。
「欲しいものがあれば自分で買うと言い張るのを見て、あなたに何が足りないかがわかりました。人間は生まれつき欲を持っている存在です。あなたには、その“欲“が欠落しているのですね。だから欲しいものは自分で買うなどと言ってしまうのです。あなたは正直ものだから、あなたに欠けている“欲“を授けましょう。なんでも欲しくなる“物欲“。地位を望む“名誉欲“。美味しいものを食べたがる“食欲“。疲れたときに休息するための“睡眠欲“。そして…それらすべての欲望をあなたに」

 とんでもないことだ。そんなものを与えられたら、自分が何をしでかすことになるかわかったもんじゃない。いや、もはや心を欲望の塊に支配されたケダモノのようになってしまいかねない。

 どうも、この女神はおかしい。もっとも、女神でなんでもできるなら、この百円ショップも自分が人の姿に化けて手伝うようなことをせず、アルバイト希望者が増えるようにできないものなのか?人の願いをかなえることができる女神なら、当然そのくらいまず最初にやれるはずだろう。
「せっかくの申し出ですが、私は私の無欲さが気に入っています。ですから、私に欠けている欲望をくださらなくてもけっこうです。それよりも、この百円ショップですが、レジを担当される前に店内の床の汚れや埃、塵、ゴミの散り具合を女神さまの能力でどうにかされませんか?そしてレジ担当者を女神の能力で集められてはいかがですか?」

 女神は哀しそうな表情だ。「残念ながら店のことは私自身にはできません。でもあなたの力を借りれば店をきれいにできますが」「私の力を…?」「そう。ショージキ者の貴方の」「いいですよ」と言うと女神は杖をひとふり。

 私は変身させられた。

 いま、私は電気ショージキとして店の床をきれいに掃除してまわっているのだが…。これでいいのか?

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