Column - 2017.11.01
第156回 ペットショップのお薦め
私はSNSをやっているのだが、最近は書くことも思いつかない。繋がっている友人たちの幸福そうな記事を見ると、嫉妬に似た感情さえ湧き上がってきて腹立たしくなる。本当にこの人々はこんな幸福な毎日を過ごしているのだろうか?
日々幸福な生活をしている人々のことを"リア充"と呼ぶのだと知った。私にとっては夢のような暮しだ。
いっそSNSをやめようか、とも思った。しかし、このままやめてしまえば負け犬だと心の中で誰かが叫んだ。
犬や猫を飼い、それをSNSで紹介する人々は少なからずいた。心はほっこりするし、嫉妬されることもない。そうだ、私もペットを飼って、SNSにあげていこうか。であれば、ネタに困ることもないだろう。
とてもいい考えに思えて私はペットショップへ向かった。
立派なペットショップに入り立派な犬や可愛い猫を見たが、値段を見て仰天した。こんな高いペットを飼ったら、私はペットと一緒に餓死してしまいそうだ。すごすごとペットショップを引き上げて裏通りを歩いていると小さな店があった。古びた店構えに古い看板。「ペットのお店」とある。こんなところにあったっけ。記憶にないなあ。しかし、こんなに小さくて古い店ならペットも安いかも。雑種でも良いし。がらりとガラス戸が開き、店主らしい痩せた老人が顔を出した。
「お望みのペットを紹介しますよ。もちろんお手頃な価格で」「本当ですか?」「ええ。犬でも猫でも小鳥でも、蛇でもトカゲでも亀でも」「実は、SNSをやっていて書くネタがないので、ペット日記でもと思ったのですが」と正直に伝えると、老人は、ぽんと手を叩いた。「それなら、とてもいいものが入荷しました」
老人は虫かごを差し出した。「これがいいですぞ」
中を覗き込むと、カゴの中を蝿が一匹飛んでいるだけだ。この蝿がペット?「2千円です」買える値段だが、なぜこの蝿が?
「放し飼いできるし、餌は自分で調達するので大丈夫。まさにSNS向きです」
私にはただの銀蝿にしか見えなかった。こんな蝿をSNSに上げて、皆、気色悪がらないだろうか。老人が言った。
「この蝿には不思議な能力があるのですよ。飼い主をSNSに載せるのに良い場所に案内してくれる。この蝿は、新種で"インスタ蝿"というんですよ」
よく意味がわからないまま、私はその蝿を購入した。家に帰り、カメラを持つと蝿を虫かごから出してやった。
蝿はしばらく手足を動かしていたが、何かを感じたらしくフワフワと飛び上がった。部屋を出る前に宙で停止する。私がついていくと、蝿は安心したように部屋を出た。私を待ってくれたらしい。飼い主のことはちゃんと分かるようで、私の歩く速度に合わせて飛んでくれる。
川沿いに来ると、土手の斜面を下った。恐る恐るついていくと、びっくりだ。
川の中に何匹もの鯉がいるが、なんということだろう。頭の上に模様があり、すべて人間の顔のように見える。人面魚だ。それぞれ人相が違う。慌てて写真を撮る。
帰るとすぐにSNSに写真を上げた。みるみる"いいね"が増えていく。無数のコメントも寄せられた。賞賛の嵐だ。
しばらくして、蝿がまたしても外へ行こうと私を誘う。後ろをついていく。
突然面前にいた蝿が上空に飛んで行く。上昇するのを目で追っていたら、銀色の飛翔体が空に浮かんでいた。というより、不思議な動きをする。UFOだ。慌てて撮影した。今度は動画で。
UFOは次々に出現して上空で舞い踊り、そしてすぐに飛び去ってしまった。まわりに人々も集まり、アイフォンを出して撮影しようとしていたようだ。「ちぇっ。消えちゃったよ」「残念だなあ。凄かったのに」
SNSに動画をあげると、またしても"いいね"が次々と。コメントも「本物ですか?フェイク映像ですよね」やら「いや本物です。私も近くで目撃しました」と。それだけではない。テレビ局から有料で映像を使わせてくれと申請が来たほどだ。
インスタ蝿とはまさに言い得て妙な名の虫だな、と思った。
そんな風にインスタ蝿の教える場所に行くと、珍しくて感動できる写真ばかりを撮影することが出来た。ときには、大丈夫かな?怖いな、という場所にインスタ蝿は案内する。細い板が一枚かかっている下は谷底で、その向こうへと蝿に連れて行かれる。と、そこは見たこともない花が咲き乱れた絶景だった。危険とは思ったが数万の"いいね"がつき、私のページに広告をつけたいと企業からいくつも申し出がある。仕事をする必要もない。インスタ蝿が教えるものをSNSに載せさえすればいいだけ。しかし日々ネタがなくなってきたのか、蝿が私を連れて行く場所の危険度が高くなる。その日は、インスタ蝿は切り立った崖の先に飛んでいく。風が強い。今にも私は吹き飛ばされそうだ。いったいどんな奇妙で素晴らしい光景が待っているのだろう。こんな危険な場所に"いいね"はいくつつくのだろう。
足を滑らした。そのまま崖下へ真っ逆さま。しまったと思ったとき、全身を激しく打った。出血している。もう助からないと直感でわかる。するとバタバタと鳥の羽音がした。見ると屍肉を食う禿鷹そっくりの鳥が、倒れた私の近くの木の枝にとまる。人声が近づく。「やあ、死体があるぞ。なぜこんなところにと思ったら。これをSNSで発表したら"いいね"がどれだけつくやら」「写真!写真!よくこの鳥見つけたね」するともう一人が言った。
「ああ。"いいとこドリ"っていうんだ。奇妙なペット屋のお薦めで騙されたつもりで買ったんだけど、よかったよ」