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Column - 2017.09.01

第154回 こり鍋

"こり鍋"という奇妙な料理のことを知った。ネットで検索をかけていると、あるブログに偶然にたどり着いたのだ。
 タイトルは〈最高の珍味でしたーこり鍋の魔力〉
 今となっては、誰のブログか解らない。
 そのページが出た瞬間に、画面がフリーズしてしまった。二枚の写真が載っていた。一枚は古い民家の囲炉裏で鍋を囲み、つつきあっている家族の写真。老婆が木杓子で鍋から料理を椀に注ごうとしている。皆が、本当に嬉しそうに食べていた。もう一枚は鍋のアップ。汁が黄色いようでもあり、白濁しているようでもある。縁は赤みがかっている。味噌風味か、醤油だしか判別がつかない。汁から骨のようなものや魚の頭、蟹の一部らしきものも見えた。
 そのブログには、こうあった。
ーーこれはびっくり。こんなおいしい鍋があると初めて知りました。スープが独特です。醤油とも味噌とも違います。このスープだけ永遠に飲みたいほど。何という料理ですか、と尋ねると、"こり鍋"とのこと(漢字はどうなのかわかりません)このあたりでは、どの家庭も普通に作っている鍋の定番だそうですが、すり身ボールが入っていて、この食感が絶妙。
 私が生まれてこの方食べた料理の中ではベストです。
 肉は最初の一口だけ臭みがありましたがそれはジビエの宿命でしょう。二口目からは、全く気にならない。むしろ臭みは旨味に変わりました。地酒といっしょにいただきましたが、こり鍋は酒のアテにも最適。なぜ、人生今まで、こんな美味しい鍋を知らずに過ごして来てしまったのだろうと悔しい気持ちになりました。こり鍋を食べると笑いが......まるで悪魔が作ったような美味さ...
 そこで途絶え、次に進めない。この前もあるような気がする。仕方なくホームに戻り、検索をやり直した。
 ところが......。
 そのページが出てこない。何度やっても駄目。大丈夫だと言い聞かせる。"こり鍋"という料理の名はわかっているのだから。
 "こり鍋"で検索をかけてみたが出てこない。出てくるのは関係のないワードばかり。「ほっこりする鍋」「鍋料理はこりき」などなど。
 ブログで書かれていた「生涯ベスト料理」やら「すり身ボールが絶妙」というフレーズや写真が脳裏に浮かんで離れない。
 誰のブログだったのか?
 そのときから私は"こり鍋"の呪いにかかったのだ。
 日本の料理であることに間違いない。しかし、どこの郷土料理なのか。魚らしいもの、ジビエの肉らしいものが入っている。
 さまざまな思いつく限りのワードで鍋を検索しても、全く出てこないのだ。
 どこかの古民家で招かれて食したのだろうか。海のものか川のものか?それさえもわからない。ブログの著者があれほど絶賛する料理とは?......。
 ぜひ、食べてみたくなった。日本のどこかにあるという"こり鍋"
 "こり鍋"で検索して出てこないのは、漢字で正式な表示があるからなのではないかと思った。凝り鍋だろうか?あるいは狐狸鍋という可能性もある。ジビエの臭みなら、この表記も正しい気がするのだが。しかし、どれも該当はない。
 あれから、何年が経過しただろうか。
 いろんなグルメの知人に尋ねてもみた。誰も知らなかった。私は趣味であるグルメ行脚を続けて、全国津々浦々まで旅してまわった。そこそこ美味しいものは食べてきたのだが、しかし、ふと思うのだ。"こり鍋"を食べずして美食を極めたとは言えないのではないか、と。だから、グルメ行脚で訪れた先で必ず「この地域に"こり鍋"という料理は伝わってないか?」と尋ねまわることにしていた。だが、誰も首を横に振るだけ。しかしいつかは"こり鍋"に遭う日が訪れるにちがいないと信じて。いや、心の中では、ひょうっとして"こり鍋"なる料理は実在しないのではないか、ブログの著者の創作ではないか?との疑いが生まれることがあったが、その考えを押し隠していた。無意識に。
 私のグルメ行脚の旅も終わりを告げるときがきた。路銀がいよいよ底をついたからだ。まだ、"こり鍋"に巡り逢えていないというのに。そして、無銭宿泊した山宿の主人に警察に突き出されようとして、私は仕方なく山宿の主人一家を皆殺しにしてしまった。山狩りに来た警官を殺し、逃亡先で逃げ込んだ一家を惨殺し、私は捕まった。そして私は死刑の判決を受けた。
 なんと愚かな。これも"こり鍋"の呪いなのか。今の私は、毎日、自分が犯した罪を悔いている。そして、死刑執行を待っている身だ。
 看守から、近々、死刑が執行されるらしいことを内密に伝えられた。私は覚悟している。
 そして、私は尋ねられた。「刑の執行前に、何か望むこと、思い残したことはないか?」と。わがままの限りを尽くした私には、望みを言う資格などないと思った。しかし、思い残しと言えば。
「世の中に"こり鍋"という鍋料理があるそうです。あの世の土産に"こり鍋"を食べてから罰を受けられたらと思います」
「わかった。最後の食事として希望に沿えるよう手配しよう」
 そして、私はまだ刑の執行もなくここにこうして生きている。
 彼らは"こり鍋"を私に代わって探してくれているに違いない。しかし、見つからないだろう。
 果たして"こり鍋"は存在するのか?
 もし"こり鍋"が食べられたら、私は心置きなく罪を償い、喜んでこの世に別れを告げるつもりでいるのだが。

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