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Column - 2024.07.01

第237回 スポンサーから一言

 わが身の不幸は予測できなかった。予測できる筈もなかった。それは事故だった。
しかも突然に振りかかってきたのだ。
交通事故ではない。
山道を歩いていて、片足を岩の上に乗せて飛び越えようとしたら、岩が突然に転がり、乗っていた私は足をとられて転がり落ちた。その私の上にも岩が崩れ落ちてきたらしい。
全身がぐしゃぐしゃだったということは後から聞かされた。
そして、病院のベッドの上で意識を取り戻した。助かったのだ。そして医師の説明を聞いた。
私は大手術を受けて奇跡的に助かったのだという。山道での事故だから、誰からの賠償も受けられないことを知った。しかも大手術で医療費も膨大な金額になるという。私の収入では、とてもまかなえるものではなかった。私は天涯孤独の身の上だ。誰も医療費を負担してくれる筈がなかった。なのに、大手術はなされ、おかげで生命は助かったのだ。手術が決断されるまでに、それほど時間はなかったのに。経済的なことは後回しで、とにかく生命を救うことを優先させたということなのか。すると、医師が言った。
「私たちは何よりも患者の生命を救うことを優先し、医療行為を施します。そして、医療費の支払いは医療スポンサー機構に申請を出すことで解決します。それで、費用のことは案ずることなく救急作業に従事できるのです。おかげで、あなたの生命も救うことができた。よかった!」
 確かに親戚も友人も一人もいない私にとっては、医師のその選択はありがたかった。おかげで一命をとりとめることがきたのだから。
 だが、“医療スポンサー機構”とはなんだ?初めて聞くのだが。
誰だ。
率直に医師にそのことを尋ねてみた。
「医療スポンサー機構ってなんですか?初めて聞くのですが」
「ああ、本当はもっと難しい名称がついているのですが、わかりやすい表現として医療関係者でも、こう呼ぶようになりました。
 人命を救う医療を行う際、医療費が高額になると予測されるとき、我々は医療スポンサー機構に申請するのです。この機構は数百社からなる民間企業で構成されており、人命を救うために医療費を代替してくれるのです」
 なんと奇特な団体なのだろう。ありがたいことだ。そして、ゆったりと私は治療を受け、主治医からも完治というお墨付きを受けた。医療費の返済も機構にする必要はないということだった。「ただ一つ、スポンサー機構から代わりの現象が時々出現しますが、慣れれば気にならないと思いますよ」
「それは目まい、ふらつきみたいなものですか?」
「いや、その都度ちがうようです。ただ、生命にかかわるようなものではありません」
 そして社会に復帰した。それが起ったのは仕事の途中、一息ついた時だった。突然に目の前が白くなった。そして声が聞こえた。美女が現れ言った。「あなたはお金のある暮らしはお好きですか?最少の投資で最高のリターンをかなえます。角万証券におまかせください」
なんだ、これは!目の前のコマーシャルが消えると日常が蘇った。これはいったい何事だ。それからも突然、目の前で唐突にコマーシャルが始まる現象は続いた。首を蚊に刺されたときは「ムシ刺されにカユミDを塗りましょう。お近くの薬局で」とアイドル系少女が微笑み、夕方くたくたで帰っているときは「疲労回復はこの一本!」とドリンク剤を持った男が飛び跳ねるようになった。
 そこで、はたと気がついた。出現する幻視の商品は医療スポンサー機構の加盟企業だったことに。手術を無料で受けた代わりにスポンサーのコマーシャルを強制的に見せられるのだ。なんという……呪いだろう。
 主治医が慣れれば気にならないと言っていたが…。気にならない方がおかしい。
 始めは、ほっと一息の時に現れることが多かったが、だんだんと節操なく現れるようになった。彼女とデートをして、いい雰囲気になりかけた時、突然目の前が真っ白に。そして「あなたの口臭は気になりませんか。シュッとひと吹き。魅力的な草原の香りに変身。恋人もめろめろですよ」
 視界が戻ると彼女の姿がない。なんてこった、怒って帰ってしまったようだ。
 怒り狂い主治医に言うと「気にいらないときは、右上にボッチありますから“広告を非表示にする”で消すことができますよ」
 へぇ、そんなことができるのか!良いことを聞いた!
 次に目の前の風景が消えると、ニタニタ笑いの男が現れた。「失恋の悲しさを癒しましょう。旅に出ませんか?」思わずコマーシャルに見とれそうになりつつ、右上のボッチを押した。出た!主治医の言ったとおりの文字だ。“広告を非表示にする”だ。それを押した。すると、広告を非表示と現れた。しかし、その下に「広告を非表示にした理由をお聞かせください。/正しくない言語/関連性がない/デリケートなトピック/個人的すぎる/何度も表示される」どれも押したいが、とりあえず関連性がない、を押した。すると、「この広告は表示されなくなりました」と。
 やった。これで広告に悩まされることがなくなった、と喜び、日常生活に戻った。すると目の前がまた白くなり女性が現れた。「あなたは男性の自信を取り戻したくありませんか?」
 そうか。スポンサー機構の企業はまだ無限にあるのだ。このコマーシャルを消しても、次のコマーシャルが…。

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