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Column - 2016.03.01

第136回 新刊「杏奈は春待岬に」が出るよ

 久々の書き下ろし長編を出しますので、気分が高揚しております。
 躁状態で嬉しいから、このエッセイでも取り上げることにしました。
 この書き下ろし長編は5年前に出す予定になっておりました。
 私は1971年に『美亜へ贈る真珠』で商業誌デビューを果たしたのですが、この書き下ろし長編を担当していた編集さんが、「今年出版できたら、〈梶尾真治、作家40年記念〉と帯に入りますよ!」と仰言ったことを記憶しております。アイデアも浮かんでないのに「がんばります。代表作にします」と大言壮語したのを、はっきり覚えていますから。
 で、他の締め切りが来るので、それをこなしていたり、う、う、う、アイデアが出てこん、と壁に頭を打ちつけていたら、その年に書き始めることはできませんでした。
 私は悪くない。出てきてくれないアイデアが悪い。
 やっとアイデアが出てきたのは天草を訪れたときですね。家族旅行で、夏場に海水浴ができるところへ行こうということになり、天草は下島の富岡へ。こちらに宿泊してのんびり。私は早朝一人で近所を散歩しました。
 富岡は、苓北町の入り口で東シナ海に突き出た形をした半島です。最先端まで歩くと、そこは公園になっています。駐車場の上に細い道が斜面に沿って続いていました。斜面には鉄砲百合が咲き乱れていて、素直に「いい場所だな」と関心しました。
 そして看板。
〈四季咲岬〉
 そういう場所だそうです。この岬は四季を通じて花を楽しむことができることを知りました。春には春の花、夏には夏の花......。咲く花々が看板に紹介されていました。そして思ったのが、四季咲岬......いいネーミングだなあ。まるで歌か小説のタイトルみたいじゃないか。他に、どんなネーミングが素敵かな?
 突然、「春待岬」という文字が"見えた"気がしました。
 「春待岬」と口にすると、不思議にも話がスルスルと浮かび上がってきました。
 そのとき、物語の3分の2は出来上がったのです。登場する女性の名もそのとき決まりました。
 物語を作るときには、シャープペンを持ち、プロットと登場人物を紙に書き込んで、ああでもない、こうでもないと組み立てていくことが多いのですが、こういう不思議な経緯もあるのですよ。プロットが頭の中で出来上がると、書き始めるまでに発酵現象が起こります。頭の中のプロットは無意識下で、ああでもない、こうでもないと、勝手に変更が加えられていく。これを私は発酵と呼んでいるのです。
 そして、書き始めるまでに編集さんにプロットを伝え、それからまたしてもほったらかし。
 また、時間が経過しました。編集さんからGO!の返事を頂いているのに。書き下ろしって、こうなんですよ。
 なかなか書かないから、編集さん怒っているかな?と恐る恐る尋ねます。
「怒ってませんか?」すると。
「お待ちしております」ひえええぇ。
 書き始めました。あれからかなりの時間お話を頭の中に寝かせていたから、すごく"発酵"しているかな。"発酵"じゃなくて、ひょっとしたら"腐敗"しているかもしれないけれど。
 なんと、腐敗も発酵もしていない。あのときのまま。こんなことは、あまりありません。
 書き始めました。
 書き上げたのが昨年5月。タイトルは「杏奈は春待岬に」
 どんなお話かというと、まず、SFです。そして、時間テーマです。
 私が商業誌にデビューすることになった「亜美へ贈る真珠」も時航機なるものが登場する時間テーマです。
 今回のタイトルに出てくる杏奈という女性にも、時間の呪いがかかっているのです。
 処女作と最新長編が同じ時間テーマだなんて、梶尾って40年経っても、ちっとも進歩しないんだな、と思われるのは覚悟の上です。
 だって時間テーマ、好きなんだもん。
 それに、時間テーマもいろいろ書き尽くされていますが、この描き方はなかったろう!という新しい視点を入れています。この発想があったから書いたのですよ。
 編集さんに言われました。
「このタイトルだったら、出版は春でしょう」と。
 なるほど。だから、それから1年近く熟成させて、桜の花の咲く3月に出版というはこびに。
 皆さまよろしくお願いします。
「杏奈は春待岬に」新潮社刊、3月下旬発売です。

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