Column - 2015.03.02
第124回 もうすぐ山菜
3月の声を聞いて、桜の開花はいつ頃だという話題が出るようになると、私の頭の中では山菜採りのスケジュールが組み立て始められます。花より団子といいますが、山にタラの芽を取りに行く時期は、桜前線の訪れと必ずリンクしています。ソメイヨシノが8分咲きになった陽気が、木の芽どきというか、タラの芽が山に姿を見せる最適のタイミングかと思います。冬場塞ぎこんでいたのに、急に自転車に乗って全速で走り回る知り合いを見かけるのも、この時期です。私を見かけると甲高い声とともに自転車を漕いで近づき話しかけてきます。厭だなあ、と思いますが、心の中では「そういう季節なのか。ということは、山はタラの芽の時期なのか」と同時に思っていたりします。私にとってはこの知り合いも春の風物詩なのかなぁ。まさに、私にとっては"花よりタラの芽"なのです。
最初に山菜に興味を持ったのも、やはりタラの芽に出会ってからです。山歩きの途中で、藪の中でがさがさ動き回っている方に出会いました。何やら採っておられるようでした。私は好奇心が強い方だと思います。穴があれば覗いてみたくなり、ボタンがあれば押してみたくなる人間です。足を止めて藪の中におられる方に「何採ってるんですか?」と声をかけました。すると、一瞬、音が止み、無言のままこちらを睨むと、その男の人は背を向けて、いずこかへ行ってしまいました。私は、慌てて、藪の中に入ると確認しました。(我ながら、しつこい性格)そしてまっすぐに伸びた細い木の先端の芽がもぎ取られているのを発見したのです、
何を採っていたのだろう?
同じ特徴を持つ木がすぐ近くに見つかりました。その先端の芽が......。これに違いないといくつか採集して登山道に戻ると、他の登山者の方から声をかけられました。「ほう?タラの芽ですね?天ぷらに最高ですね。もう出ていましたか」と。
食えるのか!いや、美味しいのかぁ!
それが、タラの芽との最初の出会いです。今では、栽培もののタラの芽が居酒屋などに出回り、珍しくなくなりましたが、その頃はまだタラの芽など口にしたことはおろか、聞いたこともなかったのです。我が家に持ち帰り、揚げてもらったら、成る程!アスパラガスとも違う、納得の美味しさ。
つまり、私が声をかけた山中の籔の方は、この味を教えたくなかったのか!
山菜採りやキノコ狩りの方々は意地悪で根性がねじ曲がっていると学習したのもこのときです。私は、そうはなりたくないので、できるだけ愛想良くするように心がけています。
「ああ。タラの芽を採りに来られたのですか?残念ながら、ここいらは全て採り尽くしてしまいました」とか、「ここいらは、マムシが多いから気をつけてくださいね。さっきも数匹見かけたばかりですから」と、できるだけフレンドリーに伝えることにしています。真偽の程は二の次として。
それから、春の楽しみとして、必ずタラの芽採りは欠かせないものとなりました。ただ、以前は荒れていた場所でも開発が進み、タラの芽がたくさんあった山林そのものが消失してしまったり、皆がタラの芽のおいしさに気づいたのか、一瞬出遅れただけで、全く見つからないという事態も珍しくなくなりました。だから、タラの芽の群生するスポットを見つけたら、人には内緒にして一人で採りに行くことに。
ところで、タラの芽にもオスとメスがあることはご存知でしょうか?ちょっと目には、同じタラの芽にしか見えないのですが、刺が表面に多いのがオスで、刺がないのがメスです。一般的に喜んで食すのはメスの方ですね。オスは天ぷらに揚げても刺がチクチクですし、苦味も強いんです。
で、ふと春にタラの芽採りに行くと口を滑らせて、相手からぜひ採りに連れて行ってくれと頼まれたときは......。
できるだけ目的地への道を遠回りに。そして、ぐるぐると迂回しながら方向を誤らせるように連れて行きます。で、山に入ったら「この辺りにありますから、手分けして採りましょう」と言う。しばらくすると、道がわからなくなり途方に暮れるはずなので、笛を吹いて探してあげます。それから、オスのタラの芽をその方がたくさん採っておられることを確認して「今日のタラの芽採りは楽しかったですね」とお別れします。
そんなタラの芽の時期がもうすぐ巡ってくるんですね。その時期は野藤の花や、ハルシメジ、コシアブラもありますから、一緒に天ぷらにすれば、野趣満点です。
タラの芽の天ぷらを食しつつ、野山を巡ったその日の想い出に耽ると、私の心が、また一段と清らかになったと感じられるのです。
楽しみだなあ!