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Column - 2020.01.01

第182回 福を迎えに

穏やかなお正月だ。家族全員揃ってお節料理をいただく。テレビでは振袖を着た女優たちが笑っている。こたつに入った娘は年賀状をチェックしている。無事に一年を過ごせたという思いだ。
「では、初詣に神社に幸運を願いに行こうか」と私が言う。すると妻が「そうね。平和な一年を送れたことのお礼にね。でも、去年私が初詣で神様に願ったことは、何一つ叶わなかった」
「何を願ったんだ?」
「たいしたことじゃないわ。宝くじで1等が当たりますようにとか、あなたが出世しますようにとか」すると、娘も言う。
「私も何も叶わなかった。素敵なボーイフレンドができますようにとか、成績がめきめきあがりますように、とか」
何と虫のいいことばかり考えるんだと、諭す。「初詣には何万人も人が訪れるんだぞ。神様にいろいろお願い事をして叶えてもらおうなんて無理だ。神様は、どこの誰に何を頼まれたのか憶えているはずがない。お詣りのとき、ちゃんと住所氏名を言ったのか?去年無事だったお礼を言うのが先だろう」
「そんなこと言ったって、後ろもつかえているし慌てるわよ」と妻は口を尖らせた。
「あっ!これがいいわ」と年賀状を見ていた娘が声を上げてハガキを振っている。
「ねぇ、我が家にも福の神に来て頂かない?」
そのハガキにはこうあった。
福の神/2万円割引券 あなたの家にもぜひ福の神を/福の神ショップで招福万来
「へぇ?ホントかなあ。福の神を売る時代になったのかなあ」
「行ってみようよ。うちにも福の神さまに居てもらいましょうよ。あら、ショップは近くのショッピングセンターにあるよ。こちらのほうが神社で大勢とお詣りするより、霊験あらたかじゃないの?」
妻もそう言い出したので2万円割引券ハガキをもってショッピングセンターの福の神ショップに出かけたのだった。
ショップは三階にあった。福の神を扱う店は他に何軒もあり、店頭では店の人たちが元気よく客寄せしている。どの店もさまざまな縁起の良い神さまを販売しているようだ。
店の前で乙姫さまのようなきれいな女性がチラシ配りをしているので、ふらふらとそちらに行こうとしたら、妻に袖をつままれ止められた。娘が言うには「まあ、弁天さまがチラシ配りしてるなんて」思わず「厳しそうな業界なんだなあ」とつぶやいた。
一瞬どの店に入るか迷ったが、ハガキをくれたショップに入る。担当者に言われるまま席に座った。席の向こうで福よかなおじさんが担当者に紹介されているが、あれが福の神なのだろうか?ということは、家に福の神が来たら食費もかかるのだろうか?
「どのタイプの福の神を選ばれるか決めておられますか?」と担当者。どのタイプ?目を白黒させた。妻が尋ねた。「福の神ってお客さんのニーズに合わせて何人もいるんですか?」
「ええ。今は福の神の大量生産も可能になっていますから。どんな効用がお望みですか?」
私が「家内安全…」と言いかけると妻と娘は「宝くじ当てて大金持ちになりたくて」「成績が良くなって素敵なボーイフレンドがほしい」
「わかりました。では七福神セットコースか、あるいはパーソナルコースでお一人づつ神さまを選ぶか。神さまに、オプションを付けることもできますが」「あのう。福の神のお部屋とかお食事とか用意しなくてはなりませんか?奥の方は大黒さんでしょう?」「いえ、購入いただくと普段は姿は見えないので、食事も部屋もいりません。あれは店頭プロモーション用に実体化させているだけです」
見積もりを見て驚く。けっこう高い。
「基本を福の神だけにして、宝くじ、異性運のオプションを付けることもよろしいかと。かなり安くできます。月々の料金はこれほどになります」と見せられると、なるほど安くなっている。「ただし、途中で他社に変更なさると、この金額をお支払いいただくことになります」
いつの間にか姿が見えなくなっていた娘が戻っていた。お手洗いにでも行っていたのだろうか。ショップの担当者が、「では内容を了承いただけたら、そろそろご契約をお願いしたいのです」疑い深いので、もう一度尋ねた
「ひょっとして、我が家に迎えた福の神が変質して貧乏神や死神になるなんてことはないんでしょうね!」
担当者は大きく首を横に振った。「いえ、弊社の福の神に限ってそのようなことはございません」
「そうですか!それでは」と契約のペンを取りかけたとき、娘が、お父さん、お父さんと袖を引いた。「ちょっと家で考え直そうよ」
それで、ショップを出て娘に訊ねた。
「急にどうしたんだ」
「いや、あの業界、競争厳しそうでしょ。あの店の隣の隣は閉店セールをやってたの。その隣の店は“驚異の大効果福の神”と貼り紙があったけど、潰れてシャッターが下りてたよ。そんな業界が扱う福の神って効果あるのかなぁと思って」
それもそうだ。「じゃあ、神社に詣って今年の運をお願いして帰るか」
「そうしよう。それがいいかも」私はこんな新年が来年も迎えられればそれでいいのだ。とりあえずの招福万来で。

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