Columnカジシンエッセイ

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Column - 2020.05.01

第186回 こんなお仕事

 バーのカウンターで同業者たちが口角泡を飛ばしながら何やら言いあっていたので耳を傾けた。どうも地方大手の施設業者に対しての苦情のようだ。資材担当の男が煮ても焼いても食えないひどい奴のようで同業者たちは不満たらたらだろう。
「値引き要求がエゲツない。見積りのときに値引きさせ、請求書を出しに行くと難癖をつけてまた値引き。支払ってもらいに行くと、端数は引くよ!とまた値引きされる。ひどいと思いませんか」
「そうだ。そうだ。あんなにひどい納品先はない!われわれを虫けらのように考えているんだ」
「皆そう思っているんだから、誰か文句を言ってやればいいのに。誰かいないか!」
 ところが誰も名乗り出ない。そんなものだ。やはり私の見込み客らしい。立ち上がって会話に加わる。
「お話、横でうかがっていました。私がお役に立てると思います」
「何だ、お前」と全員がうさん臭そうな視線を向けてくる。私は名刺を一枚渡す。
「はい。私は“文句代行業”です。本人からは文句や苦情が言えない方々のために、私が代わって文句を伝えに行きます」
 そう言ってポケットから鉢巻を出す。鉢巻には「文句代行」と書かれている。そしてモニター画面を見せた。
 会社に私が訪ねていって担当者に文句を言っている場面だ。それは、こんな具合。
「誰だ、お前は。勝手に入ってきやがって」
「ちわー、文句代行業です。お伝えにまいりました。あなたは無神経だそうです。皆が迷惑している、と伝えろ!ということです。少しは反省しろってことです。できたら、豆腐の角に頭ぶつけて死んでしまえ!もございます。以上でーす。失礼します。じゃあ文句お届けの受領印をお願いします」
「誰の依頼だ。こんなことを言わせるのは」
「それが、私の仕事のツボでございます。依頼人の方のお名前は、絶対に明かすことはできません」
 モニター画面を見ていた皆が、 なるほどーっ!という表情で顔を見合わせる。
「これなら、いいかもしれない。誰が文句を言っているのかわからないし、皆の気持ちもちゃんと伝わるみたいだ」
 すると一人が聞いてきた。
「いやぁ、凄いお仕事と思います。納入先へはぜひ文句を言ってもらいたいけれど、他にもあるんです。うちの近所にヤクザの事務所が最近越してきているですよ。家内や子どもたちが怖がりましてね。警察は取り締まってくれているようなんですが、子どもたちが脅えていると文句言ってくれますか」
「はい。もちろん、文句代行はお請けしますよ。ただし、文句代行先によって割高料金適用になりますね。身体的に危険が伴う文句先かどうかは表にございますのでご覧ください」
 それで納得されたようだ。すると別の人がまた尋ねてきた。
「あのー。うちの家内に言ってもらいたいんですよ。夫に対しての態度が悪いぞ!夫に失礼だぞ!って。請けてもらえますか?」
「はい。もちろん、お仕事ですからご要望どおりに致しますが、奥さまに文句代行してもすぐにだれの依頼かおわかりになるのではありませんか。それでもよろしいですか。あとがより怖いことになりますよ。直接ご自分で仰ったほうが効率的と思いますが」
 そう答えると尋ねた男は胸に手を当ててしばらく考えていたが、恐怖に襲われたようにぶるぶると頬を震わせ、首を横に振った。
「わかりました。や、やっぱりいいです」
 結果的に、彼らは私に文句代行を依頼してくれることになった。
 私は早速相手先へ出向き、プロフェッショナルらしく仕事を完遂した。資材担当の男は私の文句トークをまともに受け取ることができず、七転八倒する。他人には厳しく言うが、自分への批判はうまく受け止めることができない人物のようだ。私から逃れるようにこけつまろびつ上司のもとへ。
 私もサービスのつもりで上司へも文句トークを。ひとりひとりの心からの恨みつらみを放ってやった。上司も私の語る文句には手も足も出ず、ぼろぼろと涙を流すのだった。
 二人とも会社の床で腰を抜かし、返す言葉もなく小便を垂れ流したほどだ。
 もちろん、誰が依頼したかは絶対に伝えない。それは私の職業観、倫理観、道徳観でもあるのだ。そして、最後にきっちりと付け加える。「誰が言ってるって?みーんな、そう言ってますよ。では、こちらに文句を言われたという認印をお願いします。あ、サインでもかまいません」
 依頼主たちのところで経過を話すと、皆が大喜び。さて、次の仕事だ。私は、鉢巻を裏返すと床に手をつき平伏した。つまり土下座だ。
「本当に申し訳ありませんー!」
 皆が仰天。「な、何をしてるんです」
 裏返した鉢巻には「土下座代行」と書かれている。
「向こうさんから依頼されました。私の名刺をよくご覧ください。“文句代行”の一番下の行です」
 そう。そこには土下座代行の表示も。最近は多角的に需要を掴んでいかないと食っていけない。
 世知辛い世の中なのだ。
「申し訳!ございません」と床に頭をつけた。

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