Columnカジシンエッセイ

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Column - 2020.06.01

第187回 妖怪スカウト

 特命が下り、私は妖怪を探すという妖怪スカウト班に配属された。うまく妖怪をスカウトして人気が出ればゆるキャラ以上の経済効果をもたらすと、会社の顧問経営コンサルタントが提言したらしい。
 それで私が貧乏くじを引くことになり、妖怪スカウトの任務に就いたというわけだ。
 妖怪を探せといっても雲を掴むような話だ。どこを探せばいいのやら。しかも、有名な妖怪ではなく、あまり知られていないマイナーな妖怪がいいという。だから業務報告書も「今日も妖怪の目ぼしい情報には出会えなかった」といったページばかりが続くのだ。
 妖怪なぞ存在しない。空想の存在だ。と心の底で思っていることも原因かもしれない。妖怪スカウト班は営業企画室の下にあるから企画室長からは「まだ妖怪は見つからないのか!」と無能扱いされ始める。最初は馬鹿馬鹿しい仕事と思っていたが、室長から急かされるたびに少しづつ焦り始めた。図書館や古書店を巡り、古文書を調べてみる。実際に出会わなくても、まだ知られていない妖怪の記述には縁があるかもしれない。だが、古文書に載っている妖怪は、すでに妖怪マンガや小説の中に登場しているものばかりだった。社には報告したものの、無視されてしまった。
 このままでは、私は立つ瀬がない。今日もしょんぼりして古書店で妖怪古文書探しをしていると。
「あの。妖怪探してるんですか?」店員に声をかけられてた。「あまり知られていない妖怪を見つけようとしているのですが。難しいもので、なかなか探し出せない」
「あのう。妖怪さんがいるんですよ。ねえ」と近くにいた男に声をかけた。すると男は振り返って「ああ。そうだ。教えて差し上げたら」「ど、どこに妖怪がいるんですか?」と声を上ずらせた。「ええ、“ちん”て妖怪さん。住所書きますね」そんな名前の妖怪は知らない。古書店のお得意さまらしい。いったいそんな妖怪なのか?自称妖怪とのこと。
 メモを渡されて行ってみることにした。そこはどこにもある木造アパートだった。二階の一室だ。もちろん表札はない。ドアの前に立ちノックする。「こんにちはー。古本屋さんの紹介で参りました」返事はない。
 どうしよう。迷ったがドアノブを回してみた。すると何の抵抗もなくドアは開いた。昼間というのに中は薄暗い。誰かが部屋の中央に座っているのがわかった。雰囲気からして普通ではない。目を凝らすとずんぐりとした半裸中年男が背を向けて座っている。ざんばら髪が床まで伸びていた。まさに妖怪だ。まわりには古本が散乱していた。古書店から配達された本だろう。「あなた、妖怪ですか?“ちん”さんですか?」
「何かはわからん。気がついてここにおる。本の、“もののけ”や“妖怪”というもののようだ。自分が“ちん”とはわかる。わしに用か?お前は何だ」
「はい。私は妖怪スカウトです。まだ知られていない妖怪を世に売り出そうとしているのですが。実は疫病が世に流行したときに、病封じの存在としてアマビエという妖怪がブレイクして経済効果を上げました。そんな未知の妖怪が他にもいるはずだ、と探してまわっています。ちんさんが妖怪なら、どんな妖怪なのですか?なぜ、ここにいるんですか?」
 部屋の中には男の生活を感じさせるものは何もない。キッチンもないし、電化製品も家具もない。本が何十冊も散乱しているだけだ。やはり人間離れしている。ひょっとしたら「何か用かい!」くらいのギャグ程度を考えてもいたが本物かもしれない。ちん、という名にヒントがあるのだろうか。“珍”な存在ということだろうか。妖怪はなぜ自分が妖怪になったか知らなくて当然だろう。妖怪がどんな能力を持っているかは、後で調べればいいことではないか。とにかく、この妖怪を社に連れていき、どうプロモーションかけて経済効果を出させるかだ。それは私の役割ではない。私の仕事は彼を企画室に連れて行くまでだ。
「あなたを有名にしてあげられます。すべての人々がちんさんのことを知るようになるんですよ。世界一有名になるかもしれない」
 ちんは私の言葉に少し心を動かされたようだ。散乱してページが開いた古書には“妖怪”の文字が見えた。ちんが、妖怪を知らないはずはない。そしてさまざまな妖怪の弱点を記してある。そのすべてを超える妖怪を目指そうとしたのか。
「あなたは、こんな暗い部屋にこもっている存在ではない。世界のスポットライトを浴びるべきだ。行きましょう」私が“ちん”を部屋の外に連れ出そうとしたときだ。アパートが激しく揺れ始めた。「地震だ!」と私がしゃがむ目の前に、“ちん”が座っていたあたりから巨大な邪悪な闇が出現した。「何だこいつは?」
「これが、妖怪だよ。手を変え品を変えこの世に出ようとしていたから古書の記述どおり抑え込んでいた。それがわしの役割だからの」
 暗黒の妖怪は巨大化すると凶暴な叫びとともに周囲を破壊しながら飛び去っていく。私はほんとうの妖怪を見誤っていたらしい。“ちん”がため息をつきながら言った。
「“ちん”とは、妖怪を鎮めるの“鎮”だが。それがわしの役目だが。もう何ともならんのう」へなへなと妖怪スカウトの私の腰が抜ける。

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