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Column - 2026.03.01

第257回 鈴木クンの頭山

“頭山”という落語がある。ケチな男がサクランボを食べると、頭に桜の木が生える。春になると桜の花が咲き、桜の木の下で花見客集まり大騒ぎ。あまりにうるさいので引っこ抜くと、その穴に降った雨水が溜り、池になる。魚が棲み始めると釣り客が集まるように。そして芸者連れの屋形船まで出て大賑わい。男はあまりのうるささに池に身を投げて死んじまう……という噺。

今朝、出社した鈴木を見て、その噺を思い出した。鈴木の頭に木の皮のようなものが、ちょこんと生えていたからだ。「……桜?」
桜の木の先に、ぽつんとピンク色のつぼみがついていた。「何か、変なもの食ったのか?」「三日前に、果物売場でサクランボを試食したんだ。三粒。もったいないから種子ごと飲みこんだ。昨日の夜から頭ずきずきして、今朝気がついたら、こんなになっていた」
翌日の鈴木の頭はもっとひどいことになっていた。桜の木は、より成長していたのだ。
まさしく鈴木の頭は、頭山になろうとしていた。とにかく桜の木を抜いてやらなくてはならない。桜の花が咲く前に。
ゴム手袋をして枝をつかんで引っこ抜こうとした。鈴木は悲鳴をあげた。「痛たたた。ひぃー。やめてくれ。」
数日後、鈴木の頭では見事な桜が咲いた。鈴木がベンチに座ると人々は彼にスマホを向けた。SNSでは、鈴木の人間桜の写真で溢れかえった。何故かベンチの前には、小銭が置かれていた。鈴木は絶望的な表情で泣きくれた。
なんとか鈴木を助けてやりたい。私はホームセンターから様々な薬剤を買ってきた。除草剤、育毛剤、漢方薬、ビタミン剤、そして毒をもって毒を制す。いろんな種子も。それを鈴木の頭に塗ってやった。
翌朝。鈴木の頭には桃、梅、梨、栗が実っていた。
「よくなってるどころか、これでは鈴木総合果樹園になってるじゃないか」
鈴木は苦しそうだった。よかれと思ってやったことが、裏目に出てしまったようだ。これ以上の苦しみはなさそうだった。頭の上の植物群を引き抜いてやれば、少しは苦痛もなくなるのではないか?頭に穴があいたとしても雨水が溜らなければ、池にはならない。私は鈴木を押さえて無理に桜の木や桃の木、梨の木を引っこ抜いた。凄い悲鳴を鈴木はあげた。
気を失った彼を私は急いで病院に運びこんだ。手当をすればいい結果になると思ったからだ。
医師は鈴木をMRIにかけた。そして言った。「これは、もう脳とは呼べませんね。代わりに頭の中に地形が形成されています」よく意味がわからない。「地形ですか」と問返す。「はい。頭の中に山があり、川があり、果樹園、温泉街、ほぼ観光地化しています」
これは新しい頭山の形なのだろうか?
鈴木の頭の上で観光バスが走り始めているのが見える。信じられない。
どうすればいい?
観光バスがこちらにやってきた。手をあげると、バスは私の目の前で停まった。何も考えないままドアを開く。
ぐにゃりと世界が歪んだ。バスの中にいた。
バスは走り出す。
視界が反転したようだった。バスの窓の外の遠いところで病院の白い壁が見えているような気がした。
それも気のせいだった。すぐに見えなくなる。
そのとき気がついた。これは鈴木の頭の中だということに。落語の頭山を聴いていて、いつも不思議に思っていたことがある。頭に池ができて、そこで魚を釣ったり屋形船を浮かべたり、どうしてできるのだろう、という疑問だ。
なるほど、こういうことなら、可能にちがいない、と納得できてしまった。
持っていたスマートフォンが突然、鳴り出した。出ると、鈴木だった。
「急にいなくなったから、どうしたんだと思って電話したんだ。今、どこにいるんだ?」
「今、鈴木の頭の中にいるんだ。鈴木の頭の中からバスが来て、うっかり乗ってしまった。ここには山があり谷があり、温泉もあっていいところだぞ。鈴木も来たらどうだ」
「いや、やめておくよ。あれから何と、調子が良くなったんだ。これは君のおかげだよなぁ。このまま、しばらく生活してみるつもりでいる」
「それは、よかったなあ。しかし、どうやったら鈴木の頭の中から出てこられるのだろう。と言っても鈴木にもわからないだろうし」
そう深刻に考えなかった。なんか、このバスに乗ったように元の世界に戻る方法がありそうだし。
「ああ、わからない。思いついたら教えるよ」
「じゃあ、鈴木の頭の中で、しばらくゆっくりしてみるよ。いい方法あれば教えてくれ」
私はバスを降りた。
のどかなところだった。出会う人たちは皆、感じがよく人なつこい。
誰もが私に声をかけてくれる。頼みもしないのに住まいを見つけてくれた。採れた食べものも持ってきてくれた。でかい温泉につかっていると、ここが鈴木の頭の中だということも忘れてのんびりと時が過ぎていくのを感じていた。秋には紅葉が見事だった。短い冬が過ぎると、春を迎えた。そして、方々で桜が花を咲かせた。人々は花見で酒に酔いしれた。まるで、天国だ。桜は散り、サクランボが無数になる。その頃だった。ここの人々の頭に異変が起ったのは!
住人たちの頭に例外なく樹が生えている!
あのサクランボ!
私は、この人たちをどうすればいいのだ。

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