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News - 2026.09.01

第263回 ダジャレイ夫人の恋人

ある村に未亡人がいた。
 名前をダジャレイ夫人という。凄い美人だから、求婚者は後を絶たないのだが、夫人と交際を始めると数ヵ月で不幸にも寿命がつきてしまうのだった。というのも理由がある。
 夫人はダジャレが大好きで、呼吸をするようにダジャレを言ってしまうのだった。しかもそれが聞くに耐えない、オヤジギャグに近いダジャレで、のべつ聞かされていると体調が狂ってしまい、この世とお別れしてしまうものだという。彼女の夫がその犠牲になったのだとも聞く。
 町に行ってもそうだ。パン屋でも「あんパンは餡パンねー?」とダジャレイ夫人は尋ねる。夫人のダジャレが身体に悪いことを知っているパン屋の主人は耳栓をつけて夫人に対応しているそうだ。どこに行っても、その調子。魚屋に行くと「カニを買いたいけれど、こんなに高いなんて、こわいかに!怖いカニ!」と叫ぶ。仕方なく、カニを安く売ってやると夫人は喜んで買っていく。もちろん魚屋も耳栓して唇を読んで対応しているそうだ。電気屋では「私みたいな電気器具を下さい。いやだー!わからないの?私みたいな正直者には電気しよーじさときまっているでしょ」
 電気屋は、うっかり耳栓をするのを忘れていて、まともに夫人のダジャレを聞いてしまった。ダジャレイ夫人のダジャレのあまりのくだらなさに電気屋は目眩に襲われ、その場に脱力してへたりこんだという。
 そんなダジャレイ夫人に恋人ができたと噂が町に流れた。町の話題は、まさにそのことでもちきりだ。いったい、どんな男が彼氏なのだろう。世の中には命知らずがいるのものだ。
 いや、いや。どうやってダジャレイ夫人に取入ったのだろうか?
 ある男が、ダジャレイ夫人の恋人に会ったのだという。なかなかの美男子だったそうだ。その男は、ダジャレイ夫人の恋人に尋ねたそうだ。
 「どんな話をしてダジャレイ夫人に気にいられたのですか?」
 すると、こう言ったという。
「『ダジャレイ夫人は誰(だ)じゃれい?』そう尋ねたらダジャレイ夫人は大笑いして、いっぺんに気にいられたんですよ」
 それ以来、ダジャレイ夫人はいつもその恋人とともに行動するようになった。町の人々は、あることに気付き、驚愕した。ダジャレイ夫人の恋人はなんと!耳栓を付けていない!!
 いつも、ダジャレイ夫人のダジャレを生で聞いている。しかも脱力感満点のダジャレイ夫人が放つダジャレに、にこにこと笑い、ときには大笑いで吹き出しているのだった。それがダジャレイ夫人は嬉しいのだろう。早口でダジャレを恋人にいくつも浴びせかけていたのだった。町の人々は、その恋人に同情すると同時に震えあがって、その様子を覗き見るのだった。
 夫人の恋人はなんというダジャレ耐性を備えているのか!二人であるきながら「猫がネコんでる~!」「猫がネコんでると思ったらキャット叫びました!」「猫、踏んじゃったと思ったら猫の糞じゃった」と言って笑いあうような日々だった。
 町の人々は当然ダジャレイ夫人とその恋人が結婚するものだとばかり思っていた。
 だが、ある日、町のバーにダジャレイ夫人の恋人が突然現れた。
 それも一人で。
 町の皆がダジャレイ夫人の恋人を取囲んだ。
「いったい、どうしたんだい。ダジャレイ夫人と結婚するのではなかったのかい?ダジャレイ夫人のダジャレを聞いて生き残っているのはあんただけだよ」
「いえ、私は恋人ではありません。私は新兵器開発に携わっている国家防衛省の者です。私は実は、耳にすれば脱力して戦闘意欲がゼロになるダジャレ兵器を開発するチームにいるのですが、情報があり、やって来ました。ダジャレイ夫人の発する無数のダジャレの中に敵を無力化させるものがあると。それで私はダジャレイ夫人に近付き、無数のダジャレから効果のあるものを収集していたのです」
「しかし、あんたは耳栓もつけていなかった。なんともなかったのか?」
「かなりひどいダジャレを聞かされ危険を感じた日もあったのですが、ここへ来るまでも私なりに対ダジャレ訓練を受けダジャレ抗体を増やしてきました。おかげで、兵器として使えるほどのダジャレをいくつも手に入れることができました。だが、これ以上、ダジャレイ夫人といることは私に身の危険が及びます。限界でした。しかし、ダジャレイ夫人と常に一緒にいることは、つらくもあったのですが、いつの間にか、私は彼女をひょっとして愛してしまったのかもしれません。このことは、私の肉体が大変な矛盾を抱えこんだともいえます」
 町の人々は同情するように、お互いの顔を見合わせていた。
「それは、ダジャレイ夫人を本当は心底愛してしまっていたということではないのかね。恋人ではないと言っても、それは口先だけのこと。本当は危険な香りのダジャレイ夫人の真の恋人に違いないさ。その本心に背き、彼女から離れてしまったということは……。後悔しないのかね」
 すると、きっぱり言いきった。「すぐ船で逃げ出して航海します」と胸をそらせた。つらそうな表情で。
 そう言った彼の背後から音なく近付く人影。町の人々はああ!と驚いた。
 その人影こそダジャレイ夫人その人。
 彼女は、彼に近付き、彼の耳元に何かを囁いた。驚く彼は、その一言で、瞬間的に表情を歪ませ脱力して倒れこんだ。それはダジャレイ夫人の究極のダジャレであった。
 ダジャレイ夫人は「もっと凄いダジャレを思いついたから聞かせようと思っていたのに。これじゃ洒落にもならないわ」と恋人の遺体の前で呟き、淋しそうに去っていくのだった。

カジシンエッセイ9月号

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