News - 2023.09.01
第227回 特殊な人生?それとも…
どのような選択基準かよく知らないが、私が選ばれたのには、それなりの理由があったのだろうと思う。志願したわけではないが、深宇宙探査訓練コースに在籍するものであれば、誰がいつ調査航宙指令を受けても不思議ではない。人類がまだ足を踏み入れたことのない星域への単独調査。数十光年の彼方へ赴き、調査完了次第、地球に帰還する。
ミッション完了までにどれくらいの年月が必要になるかはわからない。命があるうちに地球に還りつけるものかどうかも。
私が家族もなく天涯孤独の身であることも基準に入っていたのだろう。恋人がいないことも確認されていた。地球に思いを残す人がいないというのは重要なファクターだろうな。結婚も興味がなかった。あんな同じ日常生活を平々凡々と繰り返すくらいなら、宇宙での人生を選び波乱万丈に過ごすのだ。それで私が選ばれたのかもしれない。本当は機械だけで目的地まで飛び、調査後データやサンプルを携えて帰還させればいいのだが、生身の人間を送る必要があるらしい。その理由はよくわからないが。
私が正式に指令を受けるということになり、さまざまなミッションに応じた教育が施された。私にとっては難しい内容ではなかった。目的の星系に到着して、いくつかの装置を動かすだけの“簡単なお仕事“なのだ。ただ、冷凍睡眠装置などSFのようなものはないから、たった一人で宇宙船内で過ごさなければならない。自分の生存に必要な食料も宇宙船内で育てる。宇宙船が正常に航宙しているかの機器類のメンテナンス。目的を果たすまでの膨大な時間。目的を果たし地球へ帰還する段になれば、それは私にとって“余生“ということになるのか。地球へ帰りついても先の人生は何もない。私の人生に意義があるとすれば“人類のまだ知らない真実を、人類の代表としての生身の人間が探究できたことの意義か。
それはそれでよし、と考えてしまう私は正常なのだろうか?それでも変わり者に分類されるのだろうか?
さまざまな追加訓練の合間に、想定外のプログラムが入れられていた。元々トラブル対処用に会話AIを乗せるという話は聞いていたが、深くは考えていなかった。箱に話しかけると答えてくれるようなものを想像していたら…。
目の前に現れたのは自走式の新型AIだった。肌色の人の姿をしているが、顔はのっぺらぼうで男か女かの区別もない。違和感だけを受けた。「航宙期間ご一緒させていただきます。よろしくお願いします」とAIは言った。男の声でも女の声でもない。人間が話すような抑揚もなかった。関係者が言った。「この航宙期間、人間は誰とも対話せずに過ごすことはできません。タイムラグが生じるので地球の誰とも話せません。そんなとき、あなたのパートナーとして、このAIが相手をします。会話を進めると、このAIは学習してあなたにより寄り添える存在になっていきます」「航宙は私だけで十分です。どうしてもこの人型AIを乗せなければなりませんか?」「決定事項ですので」
割り切ることにした。なに、使わなければいいんだ。乗せていくだけで。
そして私が乗った宇宙船は出発した。私は船内で予定通りの業務をこなす。航宙記録を地球へ送信して一日終了となる。もっとも昼夜の区別はないのだが。誰とも会話せずとも、苦にはならない。人型AIの出番はなく送信室の隅に鎮座しているだけ。無用の長物だ。話しかけなければ、何も反応しないのだ。このまま目的の星域に到達できるだろう。そう考えていた。
月を過ぎた頃に、それは起こった。農業用水製造機から水が出なくなった。確かに製造されているはずの水が農地に放出されないのだ。私が持つ知識の全てを動員しても解決策がない。最後の手段と人型AIに解決法を尋ねてみた。すると思いもよらぬ解決法を提案してきた。
「壁に穴を開けてください」その通りにした。なぜか壁から用水が吹き出した。私は人型AIに礼を言うしなかなった。人型AIは言った。「あなたはよくやりましたよ。残りの可能性を提案しただけで」なかなか、AIもいい奴じゃないか。それから少しだけ人型AIに話しかけるようになった。AIの応答モードも学習して変化すると言っていたな。しばらくするとAIとの会話も以前のように面倒?になりAIに話しかけられても「ああ」とか「うん」とかしか答えなくなった。するとAIも「忙しいんですね」「すみません」としか言わなくなった。数十年経つと「俺の人生いったい何だったんだろうな」と無意識に呟いてしまっていた。「誰の人生も似たようなものです。悩まないでください」と珍しくAIは私を励まそうとしてくれた。しかし私は「AIの分際で何を知ったふうに言いやがる。引っ込んでろ」と思わず言ってしまった。それを最後に人型AIは口を閉ざして何も言わなくなった。こちらも、それで何の支障もない。目的の星域に到着し、私はすべての調査を終えた。航宙の目的を果たしたのだ。それは言いかえれば私の人生の目標を達成したということでもある。地球ではどうか知らないが、ここでは誰に評価されるわけでもない。
人型AIでもいいから、このときだけは褒めてもらいたかった。「おい、AI」だが人型AIは一言も喋らない。壊れたのか。あまりにも永く話しかけていなかったので会話機能がイカれている。人間とは身勝手だ。私はAIの褒め言葉を一言でも聞きたかった。AIのプログラムを点検していると、突然話し始めた。ただし、今度はやたらお喋りになって。
「よう、やりましたな。すごいね。…」
帰途の宇宙船の中で、AIはずっと喋り通しだ。私はAIのお喋りに相槌ばかり。こんなにAIってお喋りだったのか?「私の人生はいったい何だったんだろう?」と無意識に呟くと、それに人型AIが即座に「照合しました」と言った。
「AIとあなたの関係性は、人間の結婚生活に類似点が多いようです」
それからというもの、相も変わらず再びAIはずっと喋り続けている。
これが結婚生活ねえ。