News Releaseお知らせ

RSS

News - 2025.03.01

第245回 宇宙の果て

仕事から帰ると玄関の前に見知らぬ人々が待っていた。黒い服を着た屈強そうな人々ばかり見える。私に用があるのだろうか?こちらは何も思いあたらない。自分でも気づかないうちに何か悪いことでもしでかしたのだろうか?わからない。
皆は私が帰宅したことで、色めきたった。間違いない。やはり彼等の目的は私のようだ。
逃げるべきか?どうするべきか?おろおろしていると、黒服の男たちの間から白い研究者服の老人がおずおずと姿を現した。そして私の名前を叫んだ。「はい」と答える。
老人は「おお」と叫び喜びを隠しきれぬように駆け寄ってきた。
「やはり、実在したのか!全世界の情報ネットワークを駆使して、やっとあなたにたどりついた。そしてあなたは、ここにいる。まさに、これこそ宇宙の神秘ではないか!」
私は疑問をそのまま口にした。「いったい、あなたは誰なのです?私がいったい何をしたというのです?」
それもそうだと白衣の老人は頷き言った。
「私は、天才天文学者じゃ。日々、宇宙の果てがどうなっているのか?その謎を解くために研究を重ねておるのじゃ」
自分のことを天才天文学者と名乗るとは。
「そんな科学者が何故、私を訪ねてこられたのです」
彼は大きく頷き、そして答えてくれた。
「実は、これまでは宇宙の果てを観察することのできる精度の高い観測機器はなかったのじゃ。電波や宇宙の銀河が離れる速度や、星の明るさや色の関係を考えて算出したりしておった。だが、現実には、宇宙の果てを目視して観察することは、できなんだ。しかし、人類の科学技術の進歩はとどまるところを知らない。遂に私の天文研究所では、銀河のはずれの遠いところまで自分の目で観察できる、目視による装置を完成させたのだ!」
それは、天体望遠鏡のようなものなのだろうか?そんな報道は聞いたこともなかったのだが。
まてまて。だからといって、この自分を天才と名乗る天文学者はなぜ私の前に現れたのだろうか?私といえば、宇宙も銀河も、縁のない人間なのだ。もっと言えば夜空の星さえ見たことがない。そんな私には何の関係もないことではないか。
何故、天才天文学者がそんな私の前に?白衣の老人は話を続ける。
「早速、私は全宇宙の真理を知るために、その観測装置を始動させ、さまざまな観測を始めたのじゃ。そして宇宙の果ての映像が、刻々と私のもとに届き始めた。これは、もう神秘の連続としか、言いようがなかった。
何もない宇宙空間の果てで、装置が捉えたものは想像を遥かに超えたものだった。まさに、それは謎!そのものだった。」
「宇宙の果てはどうなっていたのですか?」
さすがに私もそこ迄聞かされては、興味が湧いてくる。白衣の老人は私を指差した。
「これは宇宙の果てを撮ったものじゃ。さて、あなたには、この宇宙の果ての写真は何に見えるであろうかな?」
そして老人は数十枚の写真を私に渡す。宇宙の果ての写真……?予想とまったくちがう。最初の写真には誰かの鼻が写っている。次の写真は胸だ。男のようだ。次は、これはどう見えても…お尻。これが、宇宙の果ての写真?
見知らぬ男の身体の一部じゃないか。これは誰だ?
「すべて、宇宙の果てを撮った写真なのじゃ。しかも、すべて人の姿の一部に見えませんかのお?トリック写真などではもちろんない。そして、すべての写真をつなぎ合わせると、なんと、一人の人物になる、とAIは教えてくれた。それが誰なのか?どこにでもいそうな人物に見える。不思議なことじゃ。宇宙の果てで生まれた謎は解かれなければならん。この写真群のデータを分析して、この宇宙の果てに存在している、人のような何かが何者なのか!ついにつきとめた。
それが……あなたなのだ!」
びっくりした。宇宙の果ての写真に写っているのは、すべて、私ということなのか……!そう…私の鼻や胸やお尻。
よく理解できない。いや、どう理解すればいいのだろう?
なんとなくわかった気もする。私自身は一人の人間だが見方を変えれば、私が、この宇宙のすべてを包みこんだ状態で生き、そして暮らしているのだ。とすれば私も宇宙の果てにいるという見方もできるのではないか。いや、地球に何十億という数の人間がいるということは、何十億という宇宙に包みこまれているという考え方もけっしておかしくないのではないか?
こんがらがってきた。
私の身体が裏返しになって宇宙を包みこんだ姿を考えれば……まさしく宇宙の果てで、宇宙を包みこんでいるのは、私ということで間違いないということになる。
それが、私が存在する、この宇宙の真理ということだ。
「待ってください。たしかに宇宙の果ての写真に撮られたのが、すべての私なら、私の宇宙でしょうね。同時に、天才天文学者のあなたが取囲む宇宙も、黒服の男たちが取囲んだ宇宙も、当然、存在しますよね。それでいいんですか?不思議ではないのですか?」
白衣の老人は、それもそうだという風に考えこむ。そう考えれば、この世に存在する人々や生物の数だけ宇宙は存在することになるということになる。
黒服の男の一人が「今、新たな宇宙の果てのデータが届きました」と駆けよってきて、写真を白衣の老人に見せる。
老人は「おお」と叫ぶ。「何と新たな宇宙の果てが」
「データを分析しています。宇宙の果てのこの近くに住む女性のようです」と黒服の男。
「何と!こんなことをしておる暇はない!新たな宇宙の果てを確認しなくては。しかも、今度の宇宙の果ては、若く美しい女性ではないか!」と白衣の老人は新しい天体を発見した興奮で叫ぶ。そして、私を尻目に新たな宇宙の果てへ走っていった。ぽかんと私は老人たちを見送る。
呆れ果てたものの、ようよう気をとりなおした。
やれやれ、やはり、この世は宇宙の謎だらけだ。

イラスト

イラスト
お知らせ一覧を見る