News - 2025.04.01
第246回 おでんが消える
春だなぁ。暖かくなったなぁ。そう思うと、ふと、おでんが食べたくなった。
冬の日々の楽しみだ。もう一回くらい、今シーズン最後のおでんを食べておきたい。
こんにゃく、大根、タマゴ、厚揚げ、とりあえず、そんなものでいいか。
近くのコンビニへ歩いていく。あれっ?おでんケースがない。どんなに探してもない。
「おでん。終わったんですか?」
店員は新人らしく「おでん…?うちにはありません」変だなぁ。もう終わったのかな。いや、近くに、もう一軒コンビニがあった筈だ。足を伸ばしてみよう。とぼとぼと次のコンビニまで歩く。歩いていると、おでんの妄想が膨れあがっていく。そうだシラタキとお餅も食べておきたいなぁ。
「おでん、ありませんか?」
「おでん…何ですか?それ」
店員は浅黒い肌の色。日本人ではないのか。おでんのこと知らなくても仕方ないな。もう一軒行ってみよう。ここ迄くると、意地になっているかもしれない。おでんを食べたくて頭がはちきれそうだ。
次のコンビニ。ない!
「おでん、終わったのですか?」
「おでん…?何ですか、それ」
「ほら、出汁で色んな具が煮込まれている冬の…」
店員が不思議そうな顔をするので馬鹿馬鹿しくなって説明をやめた。
それで、おでんを食べたい欲望が鎮まるどころか、かえって火がついた。どこへ行けば、おでんが食べれる?居酒屋の前に旗が立っている。その旗のうち一本には必ず、おでんと書いてあったぞ。
行きつけの居酒屋に到着。なんと。ない!ない!焼きとり、生ビール、焼酎はあっても、おでんがないなんて。
頭の中で疑問符が渦巻き、やれたまらずに店内に飛び込んだ。そして尋ねた。
「こちらのお店に、おでんはありましたよね!」
出てきた店主は首をひねって言った。
「おでん…?そりゃぁ、何ですか?聞いたことありませんが」
あいた口が閉じなくなった。居酒屋の店主がおでんを知らないなんて。信じられない。おかげで世の中に、おでんが昔から存在しないような気分になるではないか。そんな筈はない。必死で思い出す。最後に店でおでんを食べたのはいつのことだったろう?どこで食べたっけ?
思い出した。お好み焼屋だ。モダン焼を食べに寄ったとき“おでん はじめました”の旗が吊るされていたから、折角だから、と、こんにゃくと大根、牛スジ串を食べたよな。
早速、その店へ。表の黒板にメニューが。お好み焼、モダン焼、焼そば、と書かれていた筈。そうだ。焼そばの隣におでんと書かれていた。あ…!
なんと、焼そばの隣の行は空白になっていた。その隣に、生ビール、焼酎と書かれている。
おでんの行だけが消えている。そんな筈はない。店の戸を開こうとしたが、堅く閉じられていた。もちろん“おでん はじめました”の旗もない。
世の中で何か異変が起こっている。存在している筈の“おでん”が世の中から消滅し始めている。そんな馬鹿なことがあってたまるものか。
友人に電話をかけた。
「おい、おでんを売っている店を知らないか?どこにもおでんを売っていないんだ!」
ところが、友人の答は……。
「おでん?それは、いったい何だ?」
意外な言葉に開いた口がふさがらない。
おでんとはどういう食べものか説明しようとして、むなしくてやめた。
もう、おでんを食べるのは無理のようだ。
部屋で何度もため息をつく。すると、突然背中で気配がする。振り返ると見知らぬ白い髪の老人がいた。
「あなたは誰ですか?」
「わしは万物のグルメの神だ。美味しいものを愛する者の願いをかなえておる。お前も、美味しいものが大好きと見た。おでんか、最近はおでんを望むものがおらんで、消失させたのじゃ。まだ、おでんを愛する者がおったとはのう。もう誰もおでんを覚えておらんと思ったが、おぬし、よほどおでん好きなんじゃのう。お前の頭の中を覗いたら、ようわかった。悪いことしたのう。おわびに地図をやろう。ここに行けば願いがかなうぞ」
その地図に×印が書かれている。「ありがとうございます」
「おお、よかった。次の者のグルメの願いをかなえてやらんとな」
グルメの神は、次の瞬間消えてしまった。
早速、お告げに従い、地図の×印を目指すことにした。
山の奥の×印の場所。なんとそこに広い池があった。いや、ちがうぞ、これは温泉だ。あたかも入れと招いているような。服を脱ぎ、どぼんと飛び込む。これは…ただの温泉じゃない。湯を口に含む。おでん出汁だ!ぷかりと、何か浮かぶ。見て驚く、巨大な大根だった。かぶりつくと、これこそ理想のおでん。うまい!次にぷかり!糸こんにゃくだ。全身絡めとられつつ、至福の気分だ。超巨大なちくわぶ、タマゴが浮かんでくる。こんな理想郷があったとは!これはおでん天国だ。嬉しさに天を仰いだときだった。巨大な箸が天空から迫り、私を挟んで持ち上げる。箸の上には巨大な目が。その目は美味しいものを求める目だ。
グルメの神が願いを次にかなえたのは……こいつか。そしてその異形のグルメが求めるものは……!
私は絶叫をあげた。
